「源氏物語 蛍」(紫式部)

光源氏文学講義

「源氏物語 蛍」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

ことあるごとに
言い寄ってくる源氏に、
玉鬘は弱り切る。
五月雨の晩、
兵部卿宮が訪れた折、
源氏は突然玉鬘の目の前に、
たくさんの蛍を放つ悪戯をする。
蛍の光に照らされて
浮かび上がった彼女の美貌に、
兵部卿宮の恋情は高まる…。

源氏物語第二十五帖「蛍」、
その巻名のもととなっているのは、
この源氏の戯れなのです。
養父・源氏に言い寄られる玉鬘の困惑が、
この帖の筋書きの
主立った部分なのですが、
読みどころはそこではありません。
その後に記されてある
玉鬘への源氏の文学講釈こそ、
本帖の読みどころであり、
最大の特色なのです。
では、源氏はどのように
玉鬘に蘊蓄をかたむけたのか?

「ここらの中にまことは
 いと少なからむを、かつ知る知る、
 かかるすずろごとに心を移し、
 はかられたまひて」

(たくさんの物語の中には、
 実話などごく僅かなのに、
 つくり話だと知っていて、
 夢中になり、だまされるのです)
まずは物語とは所詮つくり話であり、
それに夢中になる女性というのは
どうかと冷ややかな言葉を
玉鬘に投げかけているのです。
でも、気を悪くした玉鬘に
弁解がましく語るように、
源氏はここから自身の文学論を
展開していくのです。

「神代より世にあることを
 記しおきけるななり。
 日本紀などはただかたそばぞかし。
 これらにこそ道々しく
 くはしきことはあらめ」

(物語というものは神代の昔から
 人間の世界のことを
 書き付けてきたものです。
 日本書紀などはそのほんの一面しか
 書いていません。
 物語にこそ詳しい真実が
 書かれてあるのです。)

「見るにも飽かず
 聞くにもあまることを、
 後の世にも言ひ伝へさせまほしき
 ふしぶしを、心に籠めがたくて
 言ひおきはじめたるなり。」

(見ても聞いても
 それきりにはできず、
 後々まで伝えたいと思った事柄を、
 自分の胸に
 秘めておくことができずに
 書き残したのが
 物語の始まりなのです。)

「よきさまに言ふとては、
 よきことのかぎり選り出でて、
 人に従はむとては、
 またあしきさまの
 めづらしきことをとり集めたる、
 みなかたがたにつけたる
 この世の外のことならずかし。」

(好意的に語る場合は
 よいことばかりを選び出し、
 読み手に迎合する場合は
 めったにない悪いことを集める、
 それらはこの世の中に
 決してないことではないのですよ。)

一通り紹介したいのは山々ですが、
この辺にしておきましょう。
源氏が若い玉鬘に、
おそらくはしたり顔で語った
この文学講義は、
取りも直さず作者・紫式部自身の
文学論だったはずです。
恋物語や権力闘争を軸とした
自身の作品に、
ときにはホラー的要素、
ときにはホームドラマ的要素を
織り交ぜたかと思えば、本帖では
文学論をぶち上げているのです。
多様な面白さが盛り込まれた源氏物語。
千年の間、
色褪せなかった理由が分かります。

(2020.7.4)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA