「密会」(安部公房)

安部が拡大鏡で提示したもの

「密会」(安部公房)新潮文庫

ある日早朝突然、
救急車で連れ去られた「妻」。
「男」は「妻」を探すために
巨大病院に乗り込むが、
彼の行動は逐一監視されていた。
盗聴テープをもとに、
自らの行動を記述し
報告を求められる「男」。
彼は病院という迷宮の中で
次第に…。

安部公房の描いた文学世界の中でも、
最も不条理度の高い作品です。
人間を拉致する救急車、
盗聴器を装備した管理システム、
迷宮のような院内構造、
殺人までもが平然と行われる組織、
あらゆるものの役割や価値が逆転し、
常軌を逸した世界となっています。

登場人物も
極めてエキセントリックです。
他人の下半身を移植した馬人間、
身体の原型を維持できない
溶骨症の少女、
試験管ベビーとして生まれた女秘書、
密会テープの愛好者組織、
自身の欲望のみに
したがって行動する彼らは、
読み手の安易な感情移入を
激しく拒みます。

この異常な世界を読み解く鍵は
おそらく「副院長」の
存在とその発言かもしれません。

一つは病院でありながら
最高権力者であるはずの院長の姿が
なぜか見えないということ。
本来№2である副院長が
すべてを動かしているように
描かれています。
それでいてその権力は決してすべてに
及んでいるわけではありません。
彼に次ぐ権限を持っていた
警備主任もあっさりと
暗殺されてしまいます。
絶対的な力など存在せず、
誰もが頂点に立つ可能性と
底辺に転がる危険性を
併せ持つような
不安定さが不気味です。

もう一つは
副院長自身、医者でありながらも
患者であるということ。
強者の一面を持ちながら、
別のある面では弱者となる。
「良き医者は良き患者である」という
彼のスローガンのごとく、
医者と患者の境界は
決して明確にはなりません。

さらに自分の欲求を満たすためには
他人を踏みにじり、
いかなる破廉恥な行為も
躊躇せず実行し、
それを正当化していきます。
人間の楽欲を
擬人化したような姿です。

この「病院」とは、
すなわち私たちの社会の
醜く歪んだ部分を、
安部が拡大鏡で提示したもの
なのかもしれません。
妻を捜索する男は、
何ひとつ希望が叶えられることなく
病院の迷路の中で
絶望的な最後をむかえます。

「砂の女」「箱男」をも凌ぐ
安部公房最大の問題作です。
読後気分が悪くなること請け合いです。
覚悟の上、ご一読を。

(2020.9.3)

White77によるPixabayからの画像

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