「夜叉ヶ池」(泉鏡花)

妖怪はかくも美しい

「夜叉ヶ池」(泉鏡花)
(「泉鏡花集成7」)ちくま文庫

僧侶・山沢は、
消息不明の友人・萩原と、
三国岳の麓の村で再会を果たす。
萩原は山沢に、
この地に住み着いた
いきさつを語る。
彼は龍神との約束を守っていた
老人にかわり、昼夜に三度、
鐘を鳴らさなくては
ならないのだという…。

明治の作家・泉鏡花
妖怪ものが得意なのですが、
近年文庫本が次々に廃刊となり、
わずかに岩波文庫から
出ているのみです(「高野聖」のみ
新潮文庫からも出版されています)。
これは廃版中のちくま文庫
「泉鏡花集成」(なんと全14巻!)の
第7巻中の一つ、戯曲「夜叉ヶ池」。
人間世界と妖怪世界の対比の妙が光る
作品です。

人間世界。
萩原とその妻百合は
龍神が封じられた
夜叉ヶ池の言い伝えを守り、
日に三度の鐘を鳴らす鐘楼守なのです。
日照りが続いたある年、
村人たちは村一番の美女である百合を
人身御供にし、雨乞いを企てます。

妖怪世界。
住処を離れるとその地に
大津波を引き起こす白雪姫は
夜叉池の主。
剣ヶ峰の恋人の元へ
走ろうとするのですが、
仲睦まじい鐘楼守夫婦のことを
思い出し、踏みとどまります。

我が身かわいさから
残酷な所行に走る人間世界。
その一方で、信義を守り、
自らの恋路をもあきらめる
純真な妖怪世界。
夜叉ヶ池の水面を境に対峙する
二つの異世界の対比を、
これでもかと見せつける、
これぞ泉鏡花の真骨頂です。

「私がこの村を沈めたら、
 美しい人の生命もあるまい。
 この家の二人は、
 嫉ましいが、羨ましい。」

村を水底へ沈める破壊的な力を、
かくも自制させているのは、
百合の美しい心を認めたからに
他なりません。
そして白雪もまた、
かつて人間であり、
生け贄にされ、
夜叉ヶ池に沈められたからこその
魔物だからです。

白雪に認められた百合は
いわば選ばれた人間であり、
限りなく妖怪に近い存在といえます。
また、百合を認めた白雪は、
その素性からして
最も人間に近い物の怪と
見ることもできるでしょう。

鏡花の代表作「高野聖」でも、
高野の旅僧を惑わす妖怪は
年増の美女でした。
そうです。
妖怪はかくも美しいのです。
泉鏡花の妖しくも怪しげな世界を
堪能してみませんか。

ちなみに泉鏡花の文体は特徴があり
難解です。
「高野聖」は理解するのに
苦労しましたが、
本作品は戯曲であり、
比較的わかりやすい文体で
綴られています。
これなら高校生でも
十分読みこなせます。
文系志望の高校生にお薦めします。

(2021.6.4)

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