「メアリ・ポストゲイト」(キプリング)②

至るところに事実関係が不明瞭な点が多い作品

「メアリ・ポストゲイト」
(キプリング/橋本槇矩訳)
(「百年文庫086 灼」)ポプラ社

「何とも異質な戦争文学」と
前回は書いたものの、
実は正直に言ってそもそもこの作品は
戦争文学なのか、
そして作者キプリング
戦争の異常性を訴えたかったのか、
甚だ自信がありません。
筋書きの至るところに
事実関係が不明瞭な点が多く、
キプリングが何を意図しているのか
判然としないからです。

事実関係不明な点①
女の子の死因

メアリは敵飛行機から落下した爆弾の
爆発が原因と考えています。
しかしそれはあくまでも
彼女の感覚に過ぎません。
駆けつけた医師は古くなった小屋の
屋根の落下と見ています。
爆弾が投下されたのかどうかの
直接的な記述は本文にはありません。
もっとも敵国の飛行士が
上空から落下し、
樫の木の根元で
大怪我をしていたのですから、
状況証拠としては
爆弾原因説が有力です。

事実関係不明な点②
パイロットの素性

ところがその重傷を負った
兵士の国籍も不明です。
英語をまともに話せないことから
敵国であることは理解できます。
この場合、どう考えても
戦争相手国はドイツです。
しかしドイツと戦争をしたという
記述はありません。
なぜドイツの国名を
出さなかったのでしょうか?
そしてこの兵士が
爆弾を落としたかどうかも
不明なままなのです。

事実関係不明な点③
「音」の正体

終末に描かれている
2度にわたる「音」とは何の音か?
メアリの拳銃の音?
兵士の断末魔?
果たしてメアリは本当に
拳銃を撃ったのかどうか?
それとも拳銃を撃たず、
ただ黙って死にゆく様を
見つめていたのか?
拳銃の音だとすると、
メアリはかなり強い決意で
引き金を引いたことになります。
放置したとすれば、ある意味、
発砲するよりも残酷といえます。

そもそも一番の謎。
なぜキプリングは明確な表現を避け、
読み手の想像に委ねる部分を
多くしたのか?
怪我を負った兵士に対して
メアリが拳銃を撃った場面を
的確に描いた方が
衝撃度が大きいはずです。
しかし本作品は、
あまりにも不明確な部分が多すぎます。

ただ、分からないなりに、
戦争のやるせない圧迫感が
伝わってくるのもまた事実です。
戦争というものはもしかしたら
当事者でさえもよくわからないままに
不幸な方向へと突き進んでいく
ものなのかもしれません。

これまで私が読んだ(といっても2作品)
キプリングの作品は、
幻想的なものでした。
「プークが丘の妖精パック」
「幻の人力車」ともに
不思議な作品です。
読み解くには時間のかかる
キプリングです。

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