「おさがしの本は」(門井慶喜)

本好きでなくとも引きずり込まれること間違いなし

「おさがしの本は」(門井慶喜)
 光文社文庫

漠然とした不満を抱えながら、
和久山は日々、図書館
レファレンス・カウンターの
仕事をしていた。
ある日、
レポート作成の資料として
林森太郎の本を探しているという
女子大生が訪れる。
和久山はそれを森林太郎と考え
助言するが…。

これはまさに図書館ミステリー。
といっても、図書館内で殺人事件が
起きるわけではありません。
市立図書館の
レファレンス・カウンターを舞台とした、
本をめぐる謎を解くミステリータッチの
連作短編集なのです。
図書館業務について
詳細に描かれているだけでなく、
文学史についての蘊蓄や、
図書館の在り方についての
作者の見解も随所に織り込まれ、
本好きには
たまらない一冊となっています。
いや、本好きでなくとも
その作品世界に引きずり込まれること
間違いなしです。

本作品の読みどころ①
図書館員・和久山の人間としての成長

全5篇を通して、
和久山の成長が描かれているところが
読みどころの一つとなっています。
はじめは役所仕事的な
対応しかしていなかった和久山が、
ある女子大生への対応を通して、
自分の未熟さとともに
レファレンス・サービスの
奥の深さを知り、以降、
自信を持って仕事に邁進している様子が
清々しいかぎりです。

本作品の読みどころ②
図書館存続を賭けた市政での争い

第1話のような、
レファレンス・サービスの妙を
描いていくのかと思えば、
第3話からは
図書館存続の問題が生じてきます。
しかも図書館廃止派から、辣腕家が
館長として送り込まれてきます。
図書館のトップが図書館廃止に向けて
舵を切るのですから、
その流れを止めるのは
無謀とも感じられます。
しかしそれすらもリファレンスを絡めて
解決へと持ち込む。
その筋書きは非凡であり、
読み終えたあとには思わず
喝采を叫ばずにはいられないはずです。

その辣腕館長もまた読書家であり、
単なる悪役ではなく、
政治力のある切れ者公務員であることが
魅力を高めています。
基本的には悪役のいない人物設定は
現実的であり、好感が持てます。

本作品の読みどころ③
序盤から張られる伏線、
繋がりある各話

従って全5篇が
単独で存在するのではなく、
すべて繋がっています。
しかも第1話から伏線が巧妙に張られ、
それが第5話に至るまでに
見事に回収される
小気味よさはこの上なしです。

それでいて、
筋書きをこの全5篇で完結させ、
続篇をつくらない構成であることも
魅力を高めています。
安易なシリーズ化を避け、
重厚な一冊を創り上げることに
成功しています。

おそらく相当な取材を経て
完成した作品であると思われます。
読み応えがあるとともに、
頁をめくる手が止められずに
一気に読み進めてしまいました。
素敵な作品と、素敵な作者に
出会えた幸福に浸っています。

※蛇足ながら、主人公・和久井と、
 その後輩職員・沙理の関係も
 深入りせずにほのかな予感で
 終わらせているあたりも秀逸です。

(2021.9.24)

Michal JarmolukによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】
①ハードな短篇
 「生命の法則」(ロンドン)

②ソフトな現代小説
 「マジカル・ドロップス」(風野潮)

③ちょっと難しいのですが
 「富士山噴火と南海トラフ」
 (鎌田浩毅)

【関連記事:本に関わる小説】

【門井慶喜の本はいかがですか】

【図書館グッズはいかが】

created by Rinker
規文堂(Kibundo)
¥904 (2024/06/02 09:20:18時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA