「ブラッキーの話」「冬の午後」「かまどに小枝を」(梨木香歩)

人を癒やし、人に寄り添い、人を励ます言葉たち

「ブラッキーの話」「冬の午後」
「かまどに小枝を」(梨木香歩)
(「西の魔女が死んだ」)新潮社

まいから
怖い話をねだられたママは、
暗い夜道に現れる
「黒い影」の話をする。
それはどうやらまいが
子どもの頃に死んでしまった
犬のブラッキーが現れたのだと
ママは考えていた。
ブラッキーは死んでからも
自分のことを心配して…。
「ブラッキーの話」

梨木香歩の名作
「西の魔女が死んだ」には、おなじみ
新潮文庫版(2001年)のほかに、
最初に刊行された楡出版版(1994年)、
その後の小学館版(1996年)、
そして三篇のスピンオフ作品を
併録した新潮社版(2017年)の、
3つの単行本が存在します。
今日取り上げた三作品は、
新潮社版の三篇です。
そのどれもが本編
「西の魔女が死んだ」の世界を補完し、
物語世界に
厚みをもたらすものとなっています。

「私、けっこう
傷つきやすいみたい」。
「私」が何気なく発した一言に、
祖母は静かに諭していく。
「傷つくのは仕方がないです。
まいはそういう「質」なのだから、
そのことは諦めないと
仕方ないです」。
「私」の気分は
次第に明るくなり…。
「冬の午後」

三篇とも、その筋書き以上に、
作品の中に織り込まれている
作者・梨木のメッセージが
味わいどころとなっています。

「パパのいう「事実」と、
 人の心のなかで動く「物語」は
 全然別のものなんだってことにも、
 まいは気がつき始めた。
 二つを混同してはいけないけれど、
 どちらが自分にとっての
 「真実」かは、きっとそのときどき、
 ひそかに自分で決めても
 いいことなんだろう。」

ブラッキーが自分を守っていると
感じたママに対して、
「気のせい」と受け流した
パパの言い分を比較しての
まいの感じ方です。
人は大人になっても、
必ずしも「大人の対応」ができることが
すべてではないと、
投げかけられたような気になります。

「子どもは自分でも気づかずに、
 さりげなくそういう
 重い「試し」をする。
 大人は自分が試されていることに
 なかなか気づかない。それで
 おざなりの対応をしてしまう。
 ほんとうはその一瞬、
 自分の全力を賭して
 向き合わなければ
 いけないときなのに。」

何気ないつぶやきを、
しっかりとうけとめてくれた
祖母に対する「私」の思いです。
「その一瞬」を、「自分の全力を賭して
向き合っ」てきたのだろうかと、
子育てを終えた私などは
背筋が寒くなる思いで
振り返ってしまいます。

この家を去るとき、
あの子は最後に
このカップを見つめ、
それから自分で
棚へしまったのだった。
私はそれを見ていた。
持って帰ることもできたのに、
そのうち帰ってくる人のように、
自分のマグカップを
置いていったのだった…。
「かまどに小枝を」

「新しい道を選ぶこと、
 さらにその道を進むということは、
 体力と気力が
 バランスをとっていなければ、
 なかなか簡単にいくものではない。
 今はまだアンバランスだと
 わかっていても、
 他にどうしようもなく、
 進まなければならないときがある。
 時の流れは容赦がない。」

「あの子」(まい)の選択を、
遠くから見守っている「私」
(おばあちゃん)の、
祈りに満ちた思いです。

短篇ながら、味わい深い作品たちです。
ネット上を見ると、
人を傷つけるための言葉が
そこには氾濫しています。
しかしこの本には、
人を癒やし、
人に寄り添い、
人を励ます言葉たちが、
溢れるように収められています。
本書の「あとがき」に、
さらに力をもらうことができました。
「私たちは、
 大きな声を持たずとも、
 小さな声で話し合い、
 伝えていくことができる。」

(2021.10.1)

congerdesignによるPixabayからの画像

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