本作品の素晴らしさを伝えるのは難しい
「カブリワラ」(タゴール/野間宏訳)
(「百年文庫018 森」)ポプラ社

「私」の5歳になる娘は、
ひょんなことから
カブールの果物売りの大男と
仲良くなる。
大男は毎日のように
「私」の家に姿を現し、
娘と親しく話していく。
まもなく故郷に帰る
二、三日前のこと、
大男は喧嘩をして
警官に捕らえられ…。
素敵な作品に出会いました。
本作品の素晴らしさを伝えるのは
難しそうです。
説明しなければならないことが
多すぎるからです。
まず作家・タゴールについて。
アジアではじめてノーベル文学賞を
受賞した作家です。
作家としてよりも、
詩人、思想家、作曲家としての方が
有名です。
インド国歌の作詞作曲者であり、
さらにはインド国際大学の
設立者でもあります。
したがって作品の舞台は当然インド
(おそらくは西ベンガル州の州都
コルカタ)です。
表題の「カブリワラ」ですが、
これは「カブールの人」という意味です。
カブールはアフガニスタンの首都。
この果物売りのように、
この時代(作品発表は1892年、
つまり100年以上前)、
カブールからパキスタンを越え、
インドまで行商にきていた人たちが
大勢いました。
そして彼らは年に一度、
故郷に帰るしきたりがありました。
「私」の妻がこの果物売りを
警戒している様子が書かれていますが、
それから推察するに、
これらの行商は身分の低い層であり、
何をするかわからないといった不安が、
インド人たちの心理の根底に
あったのだと思われます。
そうした中で、
5歳の女の子と大男のカブリワラが
友達となったのです。
それは、娘が「おしゃべりしないでは
一日として生きていられない子」で
あったにもかかわらず、
父親(=「私」)は執筆活動が忙しく、
母親も娘にかまってあげられていない
(ようにしか書かれていない)と
いうこと、そして果物売りにも
同じような年頃の娘がいて、
故郷を離れて商売をしている
身の上では、その子が
娘のように思われたということ、
娘と果物売り、
その両者の事情があったのでしょう。
それはともかくとして、
人は誰であっても心が通じ合えると
改めて感じさせてくれます。
果物売りが刑に服し、
出所してきて再び訪ねてきたときには、
娘はもう結婚式。
「私」は果物売りに故郷へ帰るよう促し、
その費用も負担するのです
(それは結婚費用の一部!)。
果物売りの娘もそういう年頃に
なっているはずです。
それを察しての「私」の計らいなのです。
やはりつまらない
説明だけになってしまいました。
ぜひ読んで欲しい作品です。
私たちは文学作品を読むとき、
どうしても日本文学か、
そうでなければ欧米の文学しか
手に取らないのではないかと思います
(私もそうです)。
しかしアジアにもこのような
優れた文学作品が存在するのです。
これを読まずして人生を終えるのは
明らかに不幸です。
ぜひご一読ください。
〔タゴールの本〕
以下のような本が出版されています。
〔本書収録作品〕
(2021.10.13)

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