「父」(矢田津世子)

家父長制に翻弄されている女性たち

「父」(矢田津世子)
(「神楽坂/茶粥の記」)講談社文芸文庫

「神楽坂/茶粥の記」

母が亡くなってから一年。
父はますます気難しくなり、
女中の福にも八つ当たりする。
姉は「お世話をしてあげる方」を、
家に呼んではどうかと
提案してくるが、
紀久子はしっくりこない。
それは父の妾である、
おきえのことだからだ…。

母の一周忌が済み、
父が妾を籍に入れる顛末を描いた
矢田津世子の短篇作品です。
大きな事件が
起きるわけではありませんが、
男の事情に振り回される女性と、
その中で孤立を深めていく
紀久子の姿が印象的です。
登場人物はすべてこの家の住人たち
(「姉」だけは別居しているが、
頻繁に実家に顔を出し、
影響力が大きい)だけであり、
以下の通りとなっています。

〔登場人物〕
紀久子
…主人公。未婚。三人兄妹の次女。
誠之助
…紀久子の兄。

…女中。
飯尾
…同居人。母と同郷。
 母の話し相手となっていた。
須藤おきえ
…父の妾。

…結婚して別居。

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正妻の一周忌が明けてすぐに妾を本宅に
すんなり入れることができたのは、
姉が中心となって
上手に事を運んだからなのです。
姉が父の気持ちを忖度し、
父が自分からは口に出せないことを
すべて自ら切り出して
進めていったのです。
妾の存在は
母の生前から知っていたのですが、
姉は母よりも
父の側に付いていたのです。

生前は母の話し相手となり、
母の味方だった飯尾もまた、
おきえが家に入るとすぐに取り入り、
良好な関係を築きます。

したがって、妾であるおきえの入籍を
快く思わないのは紀久子一人となり、
そのために居心地の悪さを
感じているのです。

このように書くと、
女性の確執のような感じが
するかもしれませんが、
そうではありません。
おきえはつつましやかで
紀久子に対しても常に控えめです。
決して悪い人間ではありません。
亡き実母の気持ちをまったく考えずに
妾を家に入れる姉も、
不人情なのではなく、
財力のある父親を
第一に考えているだけであり、
この時代には無理からぬことです。
飯尾もまた、身寄りがない以上、
この家で生活していくしかないのです。
亡くなった人間に義理立てしている
場合ではないのでしょう。

すべては「父」という存在に
振り回されているだけなのです。
戦前の家父長制に翻弄されている
女性たちの姿が
実に丁寧に描かれています。
女性たちの心の機微に触れる
矢田津世子の逸品、
読書の秋にいかがでしょうか。

〔矢田津世子について〕
矢田津世子は
明治40年生まれの秋田美人。
坂口安吾の恋人と
言われていました。
肺結核を患い、わずか37歳で
この世を去っています。
本作品のほか、
「茶粥の記」「万年青」など
素敵な作品を残していますが、
現在は本書のワイド版のみが
かろうじて流通しているのみです。
再評価の望まれる作家です。

〔「神楽坂/茶粥の記」〕

神楽坂
旅役者の妻より
女心拾遺
凍雲
痀女抄録
茶粥の記
鴻ノ巣女房

〔青空文庫〕
「父」(矢田津世子)

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