「鯉のいた日」(上野哲也)

人と人を結びつけるのはやはり「会話」なのです

「鯉のいた日」(上野哲也)
(「海の空 空の船」)講談社文庫

五月連休だというのに
どこにも連れて行けない津村は、
子どもたちに対して
負い目を感じていた。
明日が最後の
休日だという日の晩、
津村が帰宅すると
浴室が使えないという。
風呂は故障したわけではなく、
湯船の中にいたのは…。

いたのはなんと「」。
湯船の中で気持ちよさそうに
鯉が泳いでいたのです。
それも湯船の半分ほどもある
大きな鯉が。

帰宅して風呂を覗いたら
鯉が泳いでいました。
誰でも驚くでしょう。
この鯉は、津村の娘と息子の二人が、
隣家の伊藤さんに連れて行ってもらった
釣り堀で釣り上げた鯉なのです。

自分たちの釣り上げた鯉を
お父さんに見せたい。
そしてお父さんに褒められたい。
これが子どもの
偽らざる気持ちでしょう。
父親とのつながりを
一生懸命探している子どもたちの
健気な様子が痛いほど伝わってきます。

その気持ちを察して、
鯉をもらい受けてきた伊藤老夫婦。
隣の子どもたちを釣り堀に
連れて行ってあげるだけで終わらず、
子どもにとってその瞬間の
何が最も大切かを
知り尽くしていたのでしょう。
こういう歳の重ね方をしたいものです。

そうして持ってきた鯉を、
いやがらずに家の中の最も重要な位置に
泳がせる決断をした
津村の妻も立派です。
本来は清潔であるべき湯船に鯉を放す。
これも子どもたちの気持ちを考えた、
お母さんのファインプレーです。

そして何よりも、
全てを理解し受け入れた津村も
やはり父親です。
もっとも彼の場合は
子どもたちにかまってあげることが
できなかった後ろめたさが
あったからなのでしょうが。

さて本作品の肝は、実はこの鯉を
川に放しに行く場面なのです。
子どもたちが無事に鯉を放流したあと、
伊藤が津村にこう話しかけます。
「わたしはほんとに多くの人と
 話をしました。
 釣り堀でも、バスのなかでも、
 見知らぬ人から声を掛けられ、
 話をしました。
 あなたとも、
 裕ちゃんや綾ちゃんとも、
 あなたの奥さんとも
 話しあいました。
 そしてうちのバアさんとも、
 それこそ一年分の会話をしました。
 裕ちゃんが釣ったんは、
 鯉一匹だけじゃなかったと
 思うたとです」

親と子、夫と妻、
人と人を結びつけるのは
やはり「会話」なのです。
上野哲也の心温まる「いい話」、
いかがですか。

(2021.11.5)

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