「竜」(芥川龍之介)

なんと超名作「鼻」に結びつけるしくみなのでした

「竜」(芥川龍之介)
(「地獄変・偸盗」)新潮文庫

「竜」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集3」)ちくま文庫

鼻の大きな法師・恵印が、
ある悪戯を思いつく。
猿沢池の畔に
「三月三日この池より
竜昇らんずるなり」という
建札を立てたのだ。
一人の老婆が
ひっかかったのを皮切りに
噂は瞬く間に拡がった。
当日、池の周囲には
大勢の人が集まり…。

一言で言えば「嘘から出た真」。
なんと予告通り三月三日に
衆人の見守る中、
竜が本当に現れたのです。
ほんの一瞬。
「神鳴も急に凄じく鳴りはためいて、
 絶えず稲妻が梭のように
 飛びちがうのでございます。
 それが一度
 鍵の手に群る雲を引っ裂いて、
 余る勢いに池の水を柱のごとく
 捲き起したようでございましたが、
 恵印の眼にはその刹那、
 その水煙と雲との間に、
 金色の爪を閃かせて
 一文字に空へ昇って行く
 十丈あまりの黒竜が、
 朦朧として映りました。」

誰も竜の実体を
正確に見たわけではなく、
「一瞬、竜のように見えた」という
ことなのですが、
神々しいものほど
朧気にしか見えないものなのです。
民衆はいわゆる「チラ見」だけで
本当に竜が昇天したと確信したのです。

さて、ここで注目すべきは
このいたずらの仕掛け人・恵印の
心の変化です。
噂が広まった当初は
してやったりと得意満面。
しかしそれが大きく広まると
今度は不安になります。
そして叔母が見物に来るとなっては
狼狽し、
三月三日には竜の昇天を
期待したりもするのですから
始末に負えません。

さらにはその事件の数日後、
あの建札を立てたのは自分であると
吹聴しても、誰も信じるものはなく、
嘲笑を浴びるのみなのです。

恵印法師、仏門に帰依し、
それなりの地位を得た
僧なのでしょうが、
心根は全くの小市民です。
徹底的に偉い(であろう)人間を
こき下ろして描いているところが
やはり芥川龍之介です。
面白さは格別です。

この短編は三章構成ですが、
第一章と第三章は
宇治大納言隆国が双紙を編纂する件を
描いていて、
第二章が恵印に関わる逸話の
紹介となっています
(つまりは「入れ子構造」)。
途方もなく鼻の大きい恵印法師の昔話を
聞いて満足した隆国は、
次なる語り部に語らせるのですが…。
「何、その方の物語は、
 池の尾の禅智内供とか申す
 鼻の長い法師の事じゃ?
 これはまた鼻蔵の後だけに、
 一段と面白かろう。
 では早速話してくれい
。」

なんと超名作「鼻」
結びつけるしくみなのでした。
さすが芥川、うまい!

※ある意味、自作の二番煎じか、
 いやいや…。

(2022.2.9)

jplenioによるPixabayからの画像
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