「同士少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬)①

どこを切っても作者の熱いエネルギーが噴き出す

「同士少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬)
 早川書房

「戦いたいか、死にたいか」。
選択を迫るイリーナの言葉は、
眼前で母親と村人全員を
殺害されたセラフィマの胸に
鋭く突き刺さる。
復讐を誓う彼女は、
イリーナの元で女性狙撃手となる
決意を固める。
だが、その訓練は過酷を極め…。

2022年本屋大賞を受賞した本作品を
読み終えた今、
作品の持つエネルギーの大きさに
圧倒されているところです。
第二次世界大戦の独ソ戦に材を採った
本作品は、
単なる歴史小説に終わらず、
女性スナイパーの
成長物語にも止まらず、
不幸な少女の復讐劇を越え、
文学性を含んだ
極上のエンターテインメント小説として
比類ない存在感を示しています。

【主要登場人物】
セラフィマ
…ドイツ人への復讐のため
 狙撃手となる少女。
イリーナ
…元英雄的狙撃兵の教官。
 殺されかけていたセラフィマを救い、
 狙撃手として鍛え上げる。
シャルロッタ、アヤ、ヤーナ、オリガ
…イリーナの隊の狙撃手メンバー。
ターニャ
…イリーナ隊の看護師。
ミハイル
…セラフィマの幼馴染み。砲兵隊将校。
ドミートリー
…ドイツ軍狙撃手。
 セラフィマの母親を射殺。

本作品の味わいどころ①
史実に基づき
取材を積み重ねた歴史小説

フィクションでありながらも
独ソ戦の史実に沿った展開であり、また
伝説の女性スナイパーとして登場する
リュドミラ・パヴリチェンコ
(イリーナの朋友として登場)は
実在の人物です。
巻末の参考文献を見ると、
第二次世界大戦のみならず
ナチスやヒトラーに関する史実、
そして狙撃に関わる文献が
数多く並んでいます。
入念な調査と取材を行い、
物語の骨格を堅牢なものに
していったことがうかがえます。
それによって読み手は自らの目と耳を
20世紀のロシアの大地に
スムーズに移行させ、
作品世界に自らの意識を
無理なく溶け込ませることが
可能になっているのです。

本作品の味わいどころ②
ジェンダーを問う
女性狙撃手の成長物語

単なる兵士の物語ではありません。
一般的な「軍人」のイメージとは
距離のある「女性」が、
息を殺して機会を窺う
影の存在としての「狙撃手」への「成長」が
描かれているのです。
当然、「敵」はドイツ軍だけではなく、
味方の隊にも潜んでいるのです。
作者・逢坂冬馬は、
ノーベル賞作家である
スベトラーナ・アレクシェービッチの
著書「戦争は女の顔をしていない」の
精神を作品に反映させています。
したがって、20世紀の戦争が
題材であるにもかかわらず、
読み手は今日的なジェンダーの問題と
否応なしに
向き合わざるを得ないのです。

本作品の味わいどころ③
善悪を越え本当の敵を撃つ
少女の復讐劇

読み進めると本作品は、
戦争によって人間の心を失う
少女の物語かと思わせる部分に
幾度となく出遭うのですが、
決してそのようにはなりません。
そもそも善と悪、正と邪の区別が
曖昧であり、
勧善懲悪の物語などではないのです。
セラフィマも、そして
彼女を取り巻く人間たちも、
矛盾を抱えながら生きている、
その様をリアルに描き出すことに
成功しています。
そして彼女が最後に発砲する相手は…?
最終部100頁あまりの、
予想を覆す展開のめまぐるしさも
さることながら、
読み手は彼女が最後に撃つ「敵」の
意外性に驚愕せざるを得ないのです。

このように多くの面で
純文学の要素を含ませながら、
それでいて本作品は徹頭徹尾
エンターテインメント小説として
完成しているのです。
「アガサ・クリスティー賞」「本屋大賞」と
相次いで受賞しているのは、
読めば十分納得できます。

本作品のどこを切っても作者の
熱いエネルギーが噴き出すような、
圧倒的な熱量を内包した作品です。
ウクライナ情勢を
先読みしたような展開を含め、
まさに「今読むべき作品」だと感じます。
ぜひご一読を。

※私、実はこの4月に転任しました。
 4月6日に本作品の「本屋大賞受賞」の
 ニュースが流れたとき、
 念のために学校図書館を
 チェックしたところ、
 なんと本書がすでに入っていました。
 学校司書のセンスの良さと先見性に
 驚きました。
 高い意識を持った学校司書が
 いるというその一点だけでも、
 その学校の子どもたちは
 幸せだと思います。

(2022.4.11)

Александр ПургинによるPixabayからの画像

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