「ゴルフ場殺人事件」（クリスティ） | ラバン船長のブックセイリング

描かれるポアロとヘイスティングズの横顔

「ゴルフ場殺人事件」
（クリスティ/田村義進訳）
　ハヤカワ文庫

｢事態は急を要しています｣。
フランス滞在中の
富豪ルノーからの依頼状を
受け取った
ポアロが到着したときには、
すでに依頼主は殺害されていた。
二人組の男が屋敷内に侵入し、
殺害したのだという。
ところが事件は意外な方向へ…。

｢なんだ、二人組の覆面の男たちの
犯行か。犯人がわかっているなら、
つまらない｣と、
38ページ目まで読んだとき、
軽い失望感を覚えました。
しかし読み進めるにつれて
次から次へと現れる不自然な｢事実｣。
やはりクリスティの作品は、
一筋縄ではいきません。

【主要登場人物】
ポール･ルノー
…ジュヌヴィエーヴ荘主人。
　南米で富を築いた大富豪。
　ポアロ到着前、何者かに殺害される。
エロイーズ･ルノー
…ポールの妻。夫の死に衝撃を
　受けながらも、気丈に振る舞う。
ジャック･ルノー
…ポールの息子。殺人に使われた
　ナイフは、彼の特注品。
ガブリエル･ストーナー
…ポールの秘書。
マダム･ドーブルーユ
…マルグリット荘の女主人。
　美貌の持ち主。
マルト･ドーブルーユ
…ドーブルーユ夫人の娘。
　美貌の女性。ジャックの恋人。
ベラ･デュヴィーン
…事件の日の夜、
　ルノーを訪ねた謎の女性。
シンデレラ
…偶然ヘイスティングズと同じ車両に
　乗り合わせた謎の少女。
ベー…警察署長。
オート…予審判事。
ジロー…パリ警察刑事。
エルキュール･ポアロ…私立探偵。
アーサー･ヘイスティングズ
…語り手。ポアロの友人。

本作品の味わいどころ①
二転三転する殺人事件の真相、
犯人は一体
二人組の押し込み強盗の仕業などという
単純な事件ではないことが、
次第に判明します。
ところが、
その犯人像は二転三転します。
はじめは○○○が
怪しいと思えるのですが、
実は△△△の証言は事実ではなく、
それは×××をかばってのことらしい。
しかし殺人の真相は□□□であり、
では実際に殺害したのは
やはり◇◇◇と断定され、逮捕される。
しかし◎◎◎が自首し、
一件落着かと思われたところでポアロが
新しい事実を持ち出す…、というような
次から次へと事件の具体像そのものが
変遷していくのです。

本作品の味わいどころ②
描かれるポアロと
ヘイスティングズの横顔
本作品の冒頭第一章では、
ヘイスティングズが列車で乗り合わせた
不思議な少女との
邂逅の描写から始まります。
全く事件と無関係と思えたこの少女が、
やがて事件の野次馬となり、
さらには事件に関わり、
そして最後には…。
ここにヘイスティングズの
人情家としての一面と
青年としての情熱が描かれています。
また、ポアロはその捜査において、
パリ警察のジロー刑事と
ことごとく対立します。
ポアロの自信過剰な性格が
端的に表れています
(ポアロはジローを｢自信家｣と
評していますが、それ以上に
自らが自信家であることが
面白いところです)。
こうした主役二人の個性が前面に現れ、
それが事件の展開に関わってくるのが
本作品の読みどころの
一つとなっているのです。

※紳士的でインテリジェンスな
　明智小五郎、
　何事にも控えめの金田一耕助に
　慣れている私にとって、
　ポアロは
　｢人間的にはどうなのだろう｣と
　つい感じてしまいます。

本作品の味わいどころ③
善人は皆救われる、
最後の大どんでん返し
そして最後の大どんでん返しです。
残りのページ数から考えると
そろそろこの線で幕引きか、と
思われたところから繰り返される
大どんでん返し。
この筋書きには
脱帽するしかありません。

筋書きの具体を避けながら
読みどころを紹介するのは、
ミステリの場合難しいのですが、
クリスティ作品はなおのこと困難です。
私のクリスティ作品経験は、
｢オリエント急行の殺人｣
｢そして誰もいなくなった｣
｢スタイルズ荘の怪事件｣に次いで
まだ4作目。
これからまだ約90冊も楽しめるなんて
幸せです。

（2022.5.27）