「扉の影の女」(横溝正史)

駆け引き上手で自信家の金田一

「扉の影の女」(横溝正史)
(「扉の影の女」)角川文庫

依頼人からの話に、
金田一は興味を覚える。
自らの恋敵が殺害される現場を
目撃したというのだ。
このままでは自分が
犯人として疑われる、
あるいは犯人に殺される。
依頼人は現場に落ちていた
ハット・ピンと
手紙の切れ端を提示し…。

横溝正史金田一耕助シリーズ
本作品、実は発生する殺人事件が
たった一件であるにもかかわらず、
240頁の長篇となっています。
さぞかし退屈な筋書きかと思えば、
決してそうではありません。
本作品の特徴は、
「複雑な事件の構造」と
「金田一耕助」その人にあるのです。

【事件簿File-067「扉の影の女」】
〔依頼人〕
夏目加代子
…バー「モンパルナス」のホステス。
 事件を目撃。
臼井銀哉
…売り出し中のプロボクサー。
 殺害された女性の愛人。
 以前は加代子と交際。
金門剛
…戦後のし上がってきた財界の大物。
 殺害された女性のパトロン。
※三人それぞれが金田一に依頼
〔捜査関係者〕
保井警部補…築地署捜査主任。
古川川端堀川刑事…築地署刑事。
新井刑事…警視庁捜査一課刑事。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
多門修
…ナイトクラブ「KKK」用心棒。
 金田一の助手としての
 私的な捜査を行う。
山崎夫妻
…金田一の住む緑ヶ丘荘の管理人夫妻。
〔事件関係者〕
江崎タマキ
…バー「お京」のホステス。
 ハットピンで刺殺される。
 銀哉の愛人。
藤本美也子
…レストラン「トロカデロ」マダム。
広田幸吉
…レストラン「トロカデロ」コック長。
青木稔山本達吉
…レストラン「トロカデロ」従業員。
加藤栄造
…東亜興業社長。財界の巨頭。
 金門が取り入る。
 美也子を愛人にしている。
福田一雄
…金門剛の秘書。
阿部仁吾
…金門剛の経営する会社の専務。
マダムX
…銀哉が赤阪のナイトクラブ
 「赤い風車」で知り合った女性。
岡雪江
…新橋のキャバレー
 「サンチャゴ」のダンサー。
沢田珠実
…数寄屋橋付近で轢き逃げされた
 高校生。死亡。
沢田喜代治…珠実の父親。弁護士。
沢田綾子…珠実の母親。
佐伯三平…喜代治の甥。
海野弥生…若き新進女性ジャズ歌手。
〔事件発生〕
昭和30年12月21日午前0時すぎ
江崎タマキ、ハット・ピンで殺害される。
(東京・銀座)
〔事件の概要〕
・加代子、犯人らしき男と衝突。
 血染めのハット・ピン拾得。
・加代子、タマキの死体発見。
 通報せず。
・タマキの死体、
 別の場所で発見される。

本作品の味わいどころ①
いくつもの事件事案が入り交じる

次から次へと殺人事件が起きるのが
金田一耕助・中長篇ものの特徴です。
ところが本作品の殺人事件は
たった一件(終盤にもう一つの
殺人事件が判明するのですが)。
単純に見えた事件なのですが、
謎が謎を呼びます。
なぜなら事件発生場所を重心として、
「殺人事件」「交通事故死」
「死体遺棄」「薬物乱用」
「財界の大物の情事」
「若い男女のすれ違い」が
交錯しているからです(読み終えて
初めて俯瞰できるのですが)。
寄せ木細工のような緻密な構造は、
やはり横溝正史ならではです。
この、いくつもの事件事案が
複雑に絡み合う作品構成こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
金田一耕助はなんと駆け引き上手

その難事件に挑んだ金田一、
今回際だったのは「推理力」ではなく、
「駆け引き力」です。
依頼人の秘密を守るために、
警察、それも等々力警部と上手に
交渉するのはいつものことですが、
二人目の依頼人・臼井、
そして三人目の依頼人・金門に対して、
それぞれの隠していることを
巧みに引き出していきます。
最後には元々の依頼人・
加代子に対しても
すべてを吐き出させているのです。
何よりも圧巻だったのは、
「死体遺棄」の実行犯
(殺人事件の犯人とは関係なし)に
対しての質問(取り調べではない)の
場面です。
金田一は警察以上の
巧妙な揺さぶりと脅しをかけ、
見事に自供へと追い込んでいるのです。
これほど金田一の「駆け引き力」が
前面に押し出された作品はないのです。
この、鮮やかに事件の謎を解いていく
金田一の駆け引きこそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
金田一耕助の生活の実態が分かる

ミステリの本質とは
異なる部分になるのですが、
本作品は金田一耕助の
生活の実態について記されている、
貴重な一篇となります。
東京緑ヶ丘という一等地に
事務所(兼自室)を構え、
難事件をいくつも解決し、
さぞかし羽振りがいいものと思えば、
「収入になるのは
五件に一件くらい」という
等々力警部の台詞が裏付けるように、
本書での金田一は、
アパートの管理人から
当座の金子を用立ててもらう、
等々力警部から煙草を恵んでもらう、
等々力警部の奥さんからも
差し入れてもらう、
なんとも金欠な状況(その割に金田一は
困っていない)が描かれているのが
面白いところです。
そのくせ、
事件解決後に報酬が支払われると、
等々力警部を豪華な料亭に招待して
ご馳走しているのですから、
なおさら笑えます。
この、金田一耕助の生活の実態が
詳しく書かれてあることこそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

INDEX 金田一耕助の事件簿

ところで、本作品はこのように
金田一耕助に焦点を当て、
しかも最初から最後まで
金田一は出ずっぱりの状態なのです。
脇役に回ることも多い金田一ですが、
本事件ほど金田一の露出度の大きい
作品はないでしょう。
実は描かれているのは
生活の実態だけではなく、
金田一の依頼者に対する態度もまた
細かく描かれているのです。
なんと金田一は依頼者に対して
自信満々な態度を見せているのです。

アリバイの証明に躊躇する
金門に対しては、
「嘘だと暴露する前に、
 事件が解決して真犯人が
 つかまったとしたらどうです。
 あなたのアリバイなんか
 問題じゃなくなるでしょう」

なお心配する金門にさらに
「どうやらまだわたしの手腕を
 ご信頼いただけないようですね」

事件の早期解決に
自信を持っているのです。

また、素性を隠している女性・
マダムXの正体が
警察にばれたのではないかと心配する
臼井に対しては、
「いや、まだのようだ。
 第一このぼくに
 まだわからないくらいだからな」
と、
ここでも自信のほどを
見せつけるのです。
この、依頼者に対して自信満々な
金田一の姿こそ、
本作品の隠れた味わいどころと
なっているのです。

なお、例によって、本作品もまた
原形作品(短篇)が存在し、本作品は
その改稿長篇化作品となります。
原形作品も
後ほど取り上げたいと思います。
まずは長篇化によって
味わいどころが豊富になった本作品を
ご賞味ください。

(2022.10.7)

〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

ぜひチャンネル登録をお願いいたします!

(2025.11.20)

〔本書の表紙装幀画〕
本書の表紙はもちろん
杉本一文画伯による装丁画ですが、
昭和時代には2バージョンあり、
アイキャッチ画像に使用したのは
古い方です。
本書は令和に入って復刊しましたが、
令和復刊版の表紙は
昭和の新しい方を踏襲しています。

「扉の影の女」表紙新旧

〔角川文庫「扉の影の女」〕
扉の影の女
鏡が浦の殺人

〔復刊!横溝正史・金田一耕助〕

〔関連記事:横溝ミステリ〕

「本陣殺人事件」
「百日紅の下にて」
「悪霊島」
おどろおどろしい世界への入り口
PexelsによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「検事霧島三郎」
「黄金仮面」
「青蛇の帯皮」

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA