「誇りを汚された犯罪者」(シラー)

その「過失の記録」を読み解くことこそが重要

「誇りを汚された犯罪者」
(シラー/浜田正秀訳)
(「百年文庫070 野」)ポプラ社

「百年文庫070 野」ポプラ社

貧しい青年・ヴォルフは、
恋人・ヨハンネへの贈り物の
資金を得るため、
密猟に手を出す。しかし
恋敵のローベルトに密告され、
彼は罰金刑を受け、
財産のほとんどを失う。
彼は再び密猟を企てるが、
やはり密告され失敗に終わる…。

先日、1997年に神戸市須磨区で起きた
連続児童殺傷事件(小学生5人が襲われ、
2人が殺害された事件、犯人として
14歳の「少年A」が逮捕された)の、
全ての事件記録を、
神戸家裁が廃棄していたという
ニュースが伝わってきました。
裁判の判決書に当たる
少年審判の処分決定書や捜査書類、
精神鑑定書など、
非公開の審議過程を検証できる
文書一式が廃棄されたことは、
今後の未成年者の犯罪心理を
検証・研究する上で、
非常に大きな喪失といえるでしょう。

この報道に接して思いだしたのが、
シラーの本作品です。
二度目の逮捕でヴォルフは投獄され、
出所後もさらに法を犯し、
ローベルトを殺害するに至ります。
そしてついには
盗賊団の首領に収まります。
しかしわずかに残った良心が
顔を覗かせ、
刑の執行と引き換えに
自らの命を兵役に捧げる覚悟を示し、
領主に嘆願を求めるのです。
結果は…、
捕らえられて死罪に果てるのですが…。

その筋書きはともかく、
私が注目していたのは、
冒頭部に書かれた
シラーの犯罪記録についての見解です。
本作品は、
次のような一節から始まっています。
「人間の生涯のなかで
 その過失の記録ほど、
 心と精神にとって
 教訓的なものはない。
 どの大きな犯罪にも、
 それに応じた大きな力が
 働いていたのである」

シラーは、死刑に処されたヴォルフの
生涯を題材として提示しながら、
その心理に焦点を当て、
一般の人間がそれを理解することの
大切さを説いています。
「不幸な者が罪を犯すときでも、
 その罪をあがなうときでも、
 われわれと異なり、
 その意志もわれわれとは異なった
 法則に従っている、
 異質の種族の生物であると思う」

そのことに
問題提起を行っているのです。

不勉強で正確なところは
わかりませんが、
本作品が発表された当時、
ドイツをはじめとする欧米の刑法は、
犯罪者を一般社会から隔絶する方向に
働いていたはずです。
わずかでも法を犯せば、
一生社会からつまはじきにされ、
多くの場合は
さらに犯罪を重ねてしまう。
いわば社会が犯罪者を
つくり出している側面があったのです。
シラーは、そうした
法や社会の在り方の稚拙さに気づき、
なぜ犯罪を犯してしまったのか、
どうすれば犯罪者が立ち直れるか、
その研究のためには
その「過失の記録」を読み解くことこそが
重要であると説いているのです。

連続児童殺傷事件の発生から
すでに四半世紀が経とうとしています。
事件の審理記録が
簡単に廃棄されたということは、
この間、そうした記録が
顧みられることがなく、
少年犯罪の防止策の検討が
まったくなされかったことを
意味しているのでしょう。
この四半世紀の間にも、
少年犯罪は後を絶ちません。
社会全体でその問題を考えるべきです。

〔本作品の筋書きについて〕
YouTubeに、
本作品の筋書きと思われる動画
(簡単な人形劇)を見つけました。
台詞がドイツ語(多分)であるため、
観てもまったく理解できませんが、
何かの参考に。

 

〔シラーについて〕
私にとってはシラーは、
作家や詩人ではなく、
ベートーヴェンの第九交響曲に
使用されたテキスト
「歓喜の歌」を書いた人として
認識されています。
ベートーヴェンの第九交響曲は
人類の遺産です。
「歓喜の歌」の部分だけでなく、
ぜひ全曲を聴き通してください。
できれば第一番から第九番までの
交響曲全集全9曲をぜひ。

※お薦めの
 ベートーヴェン交響曲全集のCD

〔「百年文庫070 野」収録作品〕

(2022.11.9)

KaiによるPixabayからの画像

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