「狂信者イーライ」(ロス)①

多民族国家の素顔を垣間見るような一作

「狂信者イーライ」(ロス/宮本陽吉訳)
(「集英社ギャラリー世界の文学17
        アメリカⅡ」)集英社

「集英社ギャラリー世界の文学17」

弁護士イーライは
住民の依頼を受け、
町にあるユダヤ神学校に
立ち退きを要請しに行く。
職員の一人が
黒一色のユダヤ民族の格好で
町を歩くことに住民が恐怖を
感じているからである。
弁護士は自らの洋服を贈り、
その黒い衣服を…。

依頼人と神学校、仕事と家庭、
それぞれの板挟みに遭いながら、
それでもイーライの試みは奏功します。
黒帽子の男は彼の贈った衣服を着用し、
地域の問題は一応の解決を見ます。
イーライの妻ミリアムも無事出産。
しかし肝心のイーライは…、
精神に異常を来し、
その黒い衣服をまとって
町に彷徨い出るのです。

【主要登場人物】
イーライ・ペック
…弁護士。ユダヤ系アメリカ人。
 精神疾患の病歴あり。
 新米移民の立ち退き問題に関わる。
ミリアム・ペック
…イーライの妻。出産を控えている。
レオ・ツュレフ
…ナチに追放されたユダヤ難民。
 ユダヤ神学校校長。
テッド、アーティ、ハリー
…ユダヤ人社会の代表者たち。
 神学校の立ち退きを要求する。
黒い帽子の男
…昔ながらのユダヤ民族の格好で
 人々を混乱させる。

アメリカに住む
ユダヤ系住民の感情を描いた
フィリップ・ロスの小説であり、
背景を理解するのに
やや努力を要します。
背景①
この町はもともと
プロテスタントの町だったが、
次第にユダヤ人たちが移住。
両者はそれぞれお互いを
刺激しないように共和を図ってきた。
背景②
黒帽子の男の黒い服装は、
旧世界のユダヤ民族衣装であり、
その過激さに、ユダヤ人住民から
摩擦を恐れる声が上がった。
背景③
黒帽子の男は
ユダヤ人収容所の直接的被害者。
そこで実験的手術を受け、
声帯を失っている。
背景④
イーライもまたユダヤ人であり、
両者の立場をよく理解している。

最も簡単な解決方法は、法律を盾に、
強制的に立ち退きを迫ることです。
しかし、
少数の異端者を切り捨てることは、
元来多民族からなる
アメリカにおいては決して
有効ではないということなのでしょう。
イーライはウッデントンの町の人々の
融和を目指して奮闘するのです。

地域の集団の融和を図るための行動は、
実は容易なことではないのでしょう。
相容れそうにない両者の主張を
正しく聞き、
その要求となる本質を見抜き、
その落とし所となる妥協点を模索し、
両者を根気強く説得する
必要があるからです。
イーライの行動は、まさに
そうしたプロセスに沿ったものです。
依頼人と神学校の両者の立場を考え、
立ち退きの法的強制執行ではなく、
原因となっている黒い衣服の問題を
解決しようと試みたのです。

そのプロセスおよび判断は、
論理的かつ合理的であるのですが、
問題解決の道筋は平坦ではありません。
行動のための資金がないからです。
イーライが贈った洋服二着は、
実は彼の一張羅です。
彼の洋服自体がそれを含めて
数着しかなかったのですから、
まさに身を削っての問題解決なのです。
結果として精神を病んでしまうのも
致し方のないところなのでしょう。

多民族国家アメリカの素顔を
垣間見るような一作です。
アメリカは現在も次から次へと
「新米移民」が増えています。
それに対して「旧来移民」が
不安や反発を覚えるのも当然です。
先日中間選挙を終えたアメリカは、
2年後には大統領選挙を迎えます。
法的強制執行のような権力を
振りかざして弱者を排除する指導者か、
それともイーライのように
困難を承知で融和を図りながら
粘り強く国民を導く指導者なのか、
米国民はどちらを選ぶのでしょう。
本作品を読んで、
そんなことをふと考えてしまいました。

〔フィリップ・ロスについて〕
作者フィリップ・ロスは、
現代のアメリカ文学を代表する
小説家の一人です
(Philip Roth:1933-2018)。
ピューリッツァー賞や
マン・ブッカー国際賞などを
受賞するなど、米国のみならず
世界から評価を受けている作家です。
アイデンティティの問題や、
性愛・結婚への不適合に苦悩する
主人公を描いた内省的な作品から、
アメリカの社会や歴史を
虚構として再構築した
スケールの大きい物語まで、
幅広いテーマで執筆活動を行いました。
本作品は、1959年に出版された短編集
「さようならコロンバス」に収録された
一篇です。

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〔フィリップ・ロスの本はいかが〕

〔本書収録作品一覧〕
偉大なギャツビー
  フィッツジェラルド
アブサロム、アブサロム!
  フォークナー
日はまた昇る ヘミングウェイ
南回帰線 ミラー
狂信者イーライ フィリップ・ロス
つかなかった噓 アンダーソン
殺し屋達 ヘミングウェイ
白い象に似た山々 ヘミングウェイ
銀の冠 マラマッド
白い雄鶏 ゴーイエン
昆虫の秩序 ギャス
遠い国の出来事 ボールズ
旅人 ホークス
リチャード・ニクソン
 魔弾の射手のラグタイム
   ダヴェンポート
誕生日の子供たち カポーティ
空中浮揚 オジック
戦争の絵物語 バーセルミ
シャイロー メイソン
激闘 LSシュウォーツ

(2022.12.7)

Felix DillyによるPixabayからの画像

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