陰謀の仕掛け人はいったい誰か
「恋魔怪曲」（小酒井不木）
（「森下雨村 小酒井不木
ミステリー･レガシー」）
光文社文庫
愛し合う晋と勢都子に
危機が訪れる。
勢都子が養女となっている
東雲家の嫡男･保が
帰って来るのだ。
五歳のときに誘拐され、
消息不明の保は
死んだものと思い込み、
生きていれば結婚するという
養父との約束を
勢都子は結んでいた…。
昭和初期の医療ミステリ作家･
小酒井不木の中篇作品です。
代表作｢恋愛曲線｣と
表題の語感が似ていますが、
味わいはまったく異なります。
医学的知見は表には現れない、
サスペンスタッチのミステリに
仕上がっています。
【主要登場人物】
羽黒晋
…青年男爵。独身の美男子。25歳。
恋人･勢都子の家で起きた騒動に
巻き込まれる。
東雲勢都子
…晋と愛し合っている。
余命少ない父親の願いを断れず、
嫡男が現れたら結婚することを
承諾していた。
東雲義正伯爵
…かつて5歳になる息子を誘拐された。
病気のため盲目。余命わずか。
健三
…東雲家の下男。かつて俳優であり、
変装術が得意。左頬に大きな瘢痕。
お勝
…東雲家の下女。保の乳母。
一時帰郷していたが、
東雲家への帰還途中で殺害される。
東雲保
…誘拐されて以来行方不明だったが、
突如現れる。
越野銀三郎
…政界にも力を持つ占い師。
東雲伯爵の信頼を得る。
米山道参
…伯爵の主治医。
舟木弁護士
…東雲家顧問弁護士。
伯爵の遺言状を作成･管理。
渋尾英一
…事件担当刑事。
辰巳五郎
…元俳優。女たらし。死んだとされる。
本作品の味わいどころ①
晋は果たして危機を脱出できるか
お勝殺しの状況証拠は
明らかに晋に不利です。
当然晋は身を隠し、
隠密行動に出るのです。
果たして晋は危機を脱出して
勢都子と結ばれることができるのか。
もっとも秘密裏に調査活動を行うのは、
もっぱら東雲家下男の健三なのです。
晋と勢都子の
恋の橋渡しをしたかと思えば、
晋に身を隠すよう段取りをし、
変装術を施し、
疑惑の人物の身辺を探偵し、
晋とともに敵(と思われる人物)の
アジトに乗り込みます。
実はこの健三の存在感は、
ある意味主人公をしのぎます。
本作品の味わいどころ②
怪しい影を持つ登場人物たち
この健三も、
下男に似つかわしくない能力を発揮し、
以前の経歴は語りたがらない。
怪しい存在の一人なのです。
本当に味方なのか、
心配になる瞬間すらあります。
米山医師の言動も疑惑に満ちています。
遺言書変更に関わった舟木弁護士も、
十分に疑わしい存在です。
一方、晋が目の敵にしている
占い師･越野は、
伯爵の信頼を勝ち得ていて、
本当に悪党なのか、こちらも疑問です。
本作品の味わいどころ③
陰謀の仕掛け人はいったい誰か
晋と健三の二人が
どうやって越野を追い詰めるのかと
期待して読み進めると、
その越野も…、殺害されるのです。
この段階で、
読み手による犯人特定は、
一気に困難になるのです。
では、真の悪党は一体誰？
それが本作品の
大きな読みどころとなっているのです。
変装がいかに完璧でも、
このようになりすますの
は不可能ではないのか？
そうした疑問も散見される
本作品ですが、
そのスリリングな展開の前では
かすむほどの疵に過ぎません。
圧倒的な面白さで
読み手をぐいぐいと引きつけます。
｢昔のミステリなんて｣と
侮ることなかれ。
小酒井不木は現代にも通じる面白さを
いくつも持ち合わせている昭和初期の
エンターテインメント作家なのです。
ぜひご一読を。
〔小酒井不木のミステリ〕
21世紀に入ってから、論創社より
｢小酒井不木探偵小説選｣(2004年)、
｢小酒井不木探偵小説選Ⅱ｣(2017年)、
河出文庫から
｢疑惑の黒枠｣(2017年)、
パール文庫からは
｢少年科学探偵｣(2013年)、
そして光文社文庫
｢ミステリー･レガシー｣(2019年)と
出版が続き、
さらには青空文庫の収録も
充実してきました。
小酒井不木再評価の兆しが
見えています。ぜひご一読を。
〔本書収録作品一覧〕
丹那殺人事件 森下雨村
小酒井氏の思い出 森下雨村
按摩 小酒井不木
虚実の証拠 小酒井不木
恋愛曲線 小酒井不木
恋魔怪曲 小酒井不木
闘争 小酒井不木
科学的研究と探偵小説 小酒井不木
江戸川氏と私 小酒井不木
（2022.12.26）
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