「爪王」(戸川幸夫)

鋭利な爪で読み手の心を突き刺してくる

「爪王」(戸川幸夫)
(「百年文庫020 掟」)ポプラ社

「百年文庫020 掟」ポプラ社

鷹匠は若鷹に「吹雪」と名附けた。
命名は野生との訣別を意味する。
鷹匠の家族の一員としての
再出発であった。
忍従の歳月だった。
鷹は野性の喜びを封じられ、
鷹匠は獲物を得る喜びを抑えた。
老人は孫子に注ぐ愛情を
鷹に与えた…。

圧倒的な迫力と臨場感です。
誕生から巣立ちまでが描かれた「一」、
鷹匠との出会いの「二」、
怜悧な狐と闘い、敗れ去った「三」、
三年間の過酷な訓練、
そして再度の挑戦と勝利の「四」、
短篇ながら
長編小説を読み終えたかのような
充足感が得られました。
動物文学といえば、
幼い頃に読んだ椋鳩十のような、
素朴で温かみのある世界を
思い描いていたのですが、
まったく違いました。
戸川幸夫の「爪王」は、
主人公の若鷹「吹雪」同様に、
鋭利な爪で読み手の心を
突き刺してくるかのような
緊張感を孕んでいます。

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今日のオススメ!

本作品に描かれているものの一つは、
自然の厳しさです。
親鳥に愛情を持って育てられるのは
一定期間だけであり、
それが終わると「対立する個」の関係へと
変化するのです。
種族保存のための本能なのでしょうが、
人間の感覚からすれば
なんと厳しいことと
思わざるを得ません。

描かれているもう一つは、
人間と動物の本来あるべき関係です。
鷹匠と鷹の関係は、
飼い主と愛玩動物のそれとは
まったく異なります。
一対一の、対等な関係であり、
それゆえに深い愛情と確かな信頼の上に
成り立っている関係なのです。
それは野生動物を
人間の側に引き寄せるのではなく、
人間が野生の中へと
帰還していくことであることが
伝わってきます。
人間もまた、自然の一部であり、
それこそが人間の
本来あるべき姿であることを
痛感させられます。

描かれているその二つによって、
本作品は読み手に「文学の愉しみ」を
存分に味わわせてくれるのです。
豊かな日本語によって綴られる
自然描写は、読み手を
知らず知らずのうちに
北国の冬の山間へと誘導します。
その読み手の意識を、
まったく無駄のない
引き締まった文章が、
追い打ちをかけるように闘いの場面へと
急き立てます。
そして四つの章が起承転結を成し、
終末で描かれる「勝利」が
読み手の感動を頂点まで
一気に高めるのです。

椋鳩十と並ぶ動物文学の第一人者・
戸川幸夫は、文学よりも動物の方に
傾斜した人物だったようです。
動物好きが高じて
東北大学古生物学科を目指し、
山形高校に入学するのですが、
その授業内容に失望して中退、
一度は新聞記者として生計を立てます。
その後、同人誌に掲載した
「高安犬物語」で直木賞を受賞、
作家として
身を立てることとなったのです。
執筆活動の傍ら、
動物や自然の観察熱・探究熱は
止まることを知らず、学術上の新種・
イリオモテオオヤマネコを
発見したことでも有名です。

例によってその著作の多くは
絶版の憂き目に遭っています。
まずは本作品「爪王」だけでも
ご一読ください。
読書体験の幅が大きく広がること
請け合いです。

〔本書収録作品〕
爪王 戸川幸夫
焚火 ジャック・ロンドン
海辺の悲劇 バルザック

〔漫画版「爪王」〕

(2023.1.11)

lisa runnelsによるPixabayからの画像

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