「不思議な少年」(トウェイン)

人の世に対する作者の悲しい視線

「不思議な少年」
(トウェイン/中野好夫訳)岩波文庫

セピ、ニコラウス、
そして「わたし」の三人が
出会った美少年は、
果物や菓子、パンや飴など、
欲しいものを次から次へと
目の前に出してくれた。
彼は粘土から
犬や小鳥まで創り出した。
彼の話は三人を魅了していく。
彼の名はサタン…。

「トム・ソーヤーの冒険」
「ハックルベリー・フィンの冒険」
知られる
トウェインの晩年の作品であり、
トムやハックの世界を
期待して読み進めると、
見事に裏切られること間違いなしです。
「人間の心の温かみ」や
「人間として生きることの喜び」の
ようなものは描かれず、
人の世に対する作者の悲しい視線が
そこここに現れている、
なんともいえない作品です。

【主要登場人物】
「わたし」(テオドール)
…語り手。オルガン奏者の息子。
サタン
…村に現れた美少年。
 魔力とでもいうべき力を発揮する。
 善悪の区別がない。
セピ
…「わたし」の親友。村の宿屋の息子。
ニコラウス
…「わたし」の親友。村の判事の息子。
リーザ
…村の娘。川で溺れ、
 助けようとしたニコラウス共々溺死。
ピーター神父
…聖職から外された神父。投獄される。
マーゲット
…ピーター神父の姪。
 ピーター失職により貧困生活を送る。
アーシュラ小母さん
…マーゲットの乳母
ゴットフリート
…マーゲットやアーシュラに
 世話して貰う少年。
 祖母が魔女裁判で火あぶりとなった。
占星術師
…ピーター神父を窃盗罪で訴える。

「サタン」というと悪魔、つまり
ヘビのような皮膚、鋭い鉤爪、
ギラギラ光る目、頭には角、
口には牙、背には翼…、
といったイメージなのでしょうが、
本作品のサタンは、ただの美少年です。
一部の人間にしか姿が見えないものの、
その姿は凜々しく、
誰からも愛されるような
容姿を持っているのです。

「サタン」というと悪魔、つまり
人間をたぶらかして悪の道に走らせる、
願いを叶えることと引き換えに
魂を奪う…、
といった印象が強いのですが、
本作品のサタンは、
その人がもっとも幸福になるように
その人の「運命」を変えてあげるのです。
ただしその「運命」の変更とは?

リーザとニコラウスの「運命」を
幸せな方向へ変化させたその結果とは、
今から12日後に川で溺れて
二人とも死ぬというものなのです。
何故それが
「幸せな方向への変化」なのか?
サタンいわく、変更前の「運命」は、
「二人とも間一髪救出されるが、
ニコラウスはその後遺症で
盲・聾・唖・全身不随となり、
46年間苦しんで一生を終えていた、
リーザは健康を回復するのに
10年かかり、その後、
堕落と恥辱、背徳と犯罪、
最後は絞首台で一生を終える」、
というものなのです。

何やらブラック・ジョーク的作品なのかと
思いましたが、そうではないようです。
作者トウェインが本作品を通じて
指摘しているのは、
人間の考える幸不幸の基準や
善悪の区別は
誠に疑わしいものであること、
そして宗教(ここではキリスト教)が、
その判断をゆがめているという
ことなのです。
「人類最大の野心というのは
 人間を殺すことであり、
 その意味で誇るに足る
 勝利を記録したのは
 キリスト教文明ただ一つ」

そして、人間の本質についても
鋭い指摘がなされています。
魔女と疑われた女性が
村人の私刑に遭っている中、
周囲に同調して
女性に石を投げつけてしまった
「わたし」を、サタンは笑い飛ばします。
「あそこには六十八人の人間がいた。
 そのうち六十二人までは
 君と同じだった。
 石なんか投げたくなかったんだよ」

さらに
「人間は少数者に支配される。
 多数に支配されるなんてことは、
 まずない、いや、絶対にない」

「君主制も、貴族政治も、宗教も、
 みんな君たち人間のもつ
 大きな性格上の欠陥、つまり、
 他人によく思われたいという欲望、
 それだけを根拠に
 成り立っているんだ」

本作品が書かれたのは
1890年から1910年にかけての間
(何度も改稿された)、
今から100年以上前のことなのです。
それから世の中は
どれだけ進歩したのか、
考えさせられてしまいます。
2023年の世界を見渡したとき、
特定の一人の欲望だけで開始された
侵略戦争が継続され、
そこではいかに人間を殺すかが
試されています。
多くの国々で、
多数の意志が反映されることなく、
少数の者の利益のために政治が行われ、
経済が動いています。
トウェインが100年前に悲観した
人間社会の本質が、
時を超えて現代に「見える形」として
現れているといっても
決して言い過ぎではないはずです。

ユーモアに満ちた初期作品とは
打って変わった
晩年のトウェインの作品、
一読に値します。

〔トウェインの名作〕

(2023.1.23)

ThankYouFantasyPicturesによるPixabayからの画像

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