「三月は深き紅の淵を」(恩田陸)

読み手の脳内に増殖拡大する恩田パラレル・ワールド

「三月は深き紅の淵を」(恩田陸)
 講談社文庫

「三月は深き紅の淵を」講談社文庫

教えられた家は、
坂の上にあった。
だらだらした坂は
年季の入った
灰色のコンクリートで、
丸い輪っかがいっぱい
型押しされていた。
鮫島功一は、無意識のうちに
その丸い輪っかの中を選んで
足で踏みながら、
その緩やかな坂を…。

4つの章は内容的には
まったくつながりがないものの、
「三月は深き紅の淵を」という名の
作品でのみ
緩やかに結ばれているといった
特殊構造を持つ本作品、
恩田陸の初期の傑作です。
もうすでに
発表から四半世紀経った作品であり、
時代は20世紀から21世紀へ、
平成から令和へと移行しましたが、
本作品の衝撃度は
まったくその鮮度を失っていません。

「第一章 待っている人々」
鮫島功一
…「三月のお茶会」に招待された
 若手社員。読書が趣味。
金子慎平
…鮫島の勤務する会社の会長。
 「三月のお茶会」を主催する。
一色流世
…「三月のお茶会」会員。大学教授。
鴨志田
…「三月のお茶会」会員。料理人。
水越
…「三月のお茶会」会員。ホテル経営者。
圷比呂央
…建築家。金子が買い取った家の
 設計者であり元所有者。愛書家。

第一章は幻の本
「三月は深き紅の淵を」を巡る
読書ミステリといった
ところでしょうか。
「三月のお茶会」に招かれた功一は、
他の年配者4人とともに、
稀覯本探しの賭けに
参加させられるのですが、
その真相が明かされる結末は
衝撃的です。

ここでは作中作としての
「三月は深き紅の淵を」が、
かなり詳細に記述されてあります。
作品本体と同様、以下のような
4部構成となっているのです。
「第一章 黒と茶の幻想~風の話」
「第二章 冬の湖~夜の話」
「第三章
 アイネ・クライネ・ナハトムジーク
             ~血の話」
「第四章 鳩笛~時の話」

「第二章 出雲夜想曲」
堂垣隆子
…編集者。幻の本
 「三月は深き紅の淵を」の作者を探す。
江藤朱音
…隆子とは別の出版社の編集者。
 隆子の旅に同行する。

第二章は、
幻の本「三月は深き紅の淵を」の
作者を探すという
ミステリ仕立ての紀行小説といった
具合でしょうか。
隆子の調査と推理をもとに、
二人は出雲まで出かけるのですが、
ここでもその結末は、読み手の想像を
超えるものとなっています。

「第三章 虹と雲と鳥と」
篠田美佐緒
…高校三年生。美少女。転落死する。
林祥子
…美佐緒とは別の高校の二年生。
 美少女。美佐緒とともに転落死する。
野上奈央子
…美佐緒の元家庭教師。
廣田啓輔
…祥子、そして美佐緒と
 交際していた男子。高校二年生。
穂積槙子
…祥子の友達。
早坂詠子
…美佐緒の友達。高校一年生。
神崎
…美佐緒が啓輔の次に交際した男子。
 高校二年生。

美少女高校生二人が
謎の転落死を遂げるという
学園ミステリの第三章は、
視点も時系列も
めまぐるしく変遷します。
その最後に現れる真相は、
衝撃というよりも感動を覚えます。

この章だけは
「三月は深き紅の淵を」という本が
登場しませんが、
奈央子がいつか書こうと決意した
作品こそ「三月」なのではないかと
想像できます。

「第四章 回転木馬」
「私」
…語り手。「三月は深き紅の淵を」の
 額縁部分の作者。
「彼女」
…作家。
 四部作の小説を書こうとしている。
水野理瀬
…2月の転校生。
光湖・聖・俊市・薫・寛・黎二・憂理
…理瀬が所属する学園内の
 「ファミリー」のメンバー。
麗子
…去年の暮れに失踪。
 男として育てられた女子。

第四章は理解の難しい部分です。
3つのパーツが次から次へと現れ、
何がどうつながっているのか
分析不能です。
そのパーツとは、以下の通りです。
a:「私」の語り部分。
 おそらくは本作品
 「三月は深き紅の淵を」の作者、
 つまり恩田自身と考えられる。
b:「彼女」の行動を追う部分。
 パーツaとの関連は不明。
 第三者視点から捉えた
 「私」=恩田の可能性もある。
c:水野理瀬が主人公の
 異世界学園物語。
 恩田の別作品「麦の海に沈む果実」
 断片的描写となっている。

それにしても頭を使わなければ
ならない作品です。
本作品「三月は深き紅の淵を」と
作中作「三月は深き紅の淵を」は
どのような関連があるのか?
4つの各章は
どのような結びつきがあるのか?
各章を結ぶ要素として考えられる
「小泉八雲」「柘榴の実」は
何を意味しているのか?
他の恩田作品「麦の海に沈む果実」
「黒と茶の幻想」とはどう関わるのか?
第四章の意図するものは何か?等々、
疑問はつきません。

さらに、
各章で描かれる世界、
作中作「三月は深き紅の淵を」の世界、
第四章の異世界学園物語、
いくつものパラレル・ワールドが、
読み手の脳内を駆け巡り、しまいには
増殖と拡大を繰り返すのです。
筋書きの面白さや
衝撃度の大きさだけではなく、
この読み手の脳内に侵食してくる
恩田ワールドこそ、
本作品の最大の特徴なのです。

作品内で提示された諸々の事象に
解決が与えられず、
読み手がその事後処理に
腐心しなければならないというのが
現代作家の作品の
面白さなのかも知れません。
だからこそ、読書が面白くなるのです。

(2023.3.20)

kinkateによるPixabayからの画像

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