「島はぼくらと」(辻村深月)

過疎地域を肯定的な視点から捉えた魅力溢れる作品

「島はぼくらと」(辻村深月)
 講談社文庫

「島はぼくらと」講談社文庫

地元・冴島に高校がないため、
フェリーで通う高校生、
朱里、衣花、源樹、新。
Iターン者やシングル・マザーを
受け入れる冴島には、
新しい風が吹いていた。
ある日、四人は冴島に
「幻の脚本」を探しに来たという
不審な青年と出会う…。

現代屈指のベストセラー作家の一人・
辻村深月の、
しかも2014年に
第11回本屋大賞候補となった本作品、
面白くないわけがありません。
400頁を一気に読んでしまいました。

〔主要登場人物〕
池上朱里
…高校2年生。母・祖母と三人暮らし。
 祖母の同級生を探そうと奮闘する。
榧野衣花
…高校2年生。島の網元の一人娘。
 島から出られない運命を
 受け入れている。
 お洒落で器量よしの娘。
青柳源樹
…島のリゾートホテル経営者の息子。
矢野新
…高校2年生。真面目な性格。
 演劇に関心が高く、
 自ら脚本を書くことを志す。
多葉田蕗子
…島に移住してきたシングル・マザー。
多葉田未菜
…蕗子の娘。島で生まれた。二歳。
谷川ヨシノ
…コミュニティデザイナー。
本木直斗
…Iターンしてきた移住者。
 ウェブデザイナー。二十八歳。
矢野真砂
…新の妹。中学生。
大矢村長
…冴島村村長。元大学教授。
 四十代でUターン。
霧崎ハイジ(富戸野)
…島を訪れた謎の自称作家。
 「幻の脚本」を探している。
椎名
…デザイナー。母子手帳のデザインの
 取材をするため島を訪れる。
池上メイ
…朱里の祖母。
千舟碧子
…元島民。メイの親友。
 島を出て以降、消息不明。
赤羽環
…売れっ子シナリオライター。
 四人の「千船碧子探し」に協力する。
ウエノキクオ(植埜喜久生)
…かつて「幻の脚本」を書いた作家。

本作品の味わいどころ①
ライト・ミステリーとしての味わい

本作品は、
基本的にはミステリではありません。
無理にカテゴライズするとすれば
「成長物語」や「青春小説」と
いったものになるでしょう。
しかし、辻村深月はミステリ作家です。
本作品にもミステリの要素が
ふんだんに盛り込まれているのです。
一つは怪しい自称作家青年・霧崎の
探す「幻の脚本」です。
それは実在するのか否か?
「幻の脚本」の正体は?
霧崎の目的は?
前半に早々と解決したかに見えて、
結末でさらに驚きの事実が
待ち構えています。

二つめは、
Iターン青年・本木に届いた
「差出人不明の島への招待状」です。
差出人は誰?何の目的で?
そしてなぜ本木に?
本木が自ら過去を語ったとき、
なるほどと唸らせる仕掛けが
姿を現します。

そして三つめは、
朱里の祖母・メイの消息不明の同級生・
「千船碧子探し」です。
こちらは謎解きというよりも、
四人の冒険譚といったほうが
いいでしょうか。
しかも非現実的なものではなく、
実際にありそうな冒険と
なっているところが共感を誘います。
上質のライト・ミステリとして、
本作品をゆっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
新しい青春小説としての味わい

四人の高校2年生が主人公となると、
それはもう「青春小説」です。
しかし単なる学園ものではありません。
なぜなら四人は島から
フェリーで登校しているのです。
最終便が午後4時ですので、
彼らは部活動には参加せず
(新だけ30分限定で演劇部所属)、
四人一緒に登校し、
四人一緒に帰宅するのです。
本来、学園ドラマにつきものの
「部活動」が描かれない筋書きなのです。
したがってアルバイトもコンビニも
ファミレスも登場しません。
それでいて、しっかりと「青春小説」と
なっているのですから素敵です。

ある意味、
四人のダブル・デート的設定ですが、
四人の思いが明らかになるのは
最後の場面だけです。
それまではまったくの
「幼馴染み四人組」なのです。
それでもぐいぐいと引きつけられる
筋書きが展開します。
新しい形の青春小説として、
本作品をじっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
過疎地域を肯定的な視点から捉えた
筋書きの魅力

でも、本作品の本当の魅力は
「過疎地域を肯定的な視点から捉えた
筋書き」にあるのです。
過疎地域の衰退や停滞、
閉塞感や因習などを描いた作品は
いくつも存在します。
また、田舎の自然の美しさや
地域特有の人情を湛えたような
甘ったるい作品も
挙げればきりがありません。
しかし、
過疎地域の現状にしっかりと向き合い、
それを肯定的に捉えて
その魅力を発信しているような作品は、
なかなか見つかりません。
四人は、島を捨てるのではなく、
島のために一度本土へ出て、
将来再び帰って来る
意志を持っているのです
(衣花だけは高校卒業後、島にとどまる)。

過疎地域の現状を
浮かびあがらせるために登場するのが、
個性的なキャラクターたちです。
元オリンピック・メダリストの
シングル・マザー・蕗子、
島のために奔走する
コミュニティデザイナーのヨシノ、
Iターンしてきた不思議な青年・本木、
新しい手法で地域を活性化させている
大矢村長等々。
彼らは地域とどう関わっていくのか、
ぜひ読んで確かめてください。

予想以上のスピードで進む少子高齢化、
止まらぬ若者の流出と人口減少、
停滞する地域経済、
疲弊しても整備されないインフラ、
地方には何かと
暗い話題しかありません。
「ふるさと教育」なるものが
叫ばれているのですが、
郷土愛を育てる学習を積み重ねるほど、
理解力のある子どもは、
地域に未来がないことを見抜き、
都会を目指します。
高校の進路指導室に集められる
求人票を見る限り、
地元の中小企業と
首都圏の有名企業との賃金格差は、
「郷土愛」で埋められるほど
小さくはないのです。
しかし、過疎地域にも
まだまだ未来があることを、
本作品は明快に示しているのです。

上質のライト・ミステリ、
新しい形の青春小説、
肯定的な視点から捉えた
過疎地域の物語、
本作品は濃厚な味わいを持って
読み手に強烈な印象を与える
希有な小説です。
中学生や高校生に
強く薦めたい一冊であるとともに、
私と同様に
過疎地域で生活しているあなたに、
ぜひお薦めしたい逸品です。
辻村深月、恐るべき作家です。

〔関連記事:辻村深月作品〕

〔辻村深月の本はいかがですか〕
2004年:第31回メフィスト賞受賞
「冷たい校舎の時は止まる」

2011年:第32回吉川英治文学新人賞受賞
「ツナグ」

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2012年:第147回直木三十五賞受賞
「鍵のない夢を見る」

2018年:第15回本屋大賞受賞
「かがみの孤城」

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2019年:第7回ブクログ大賞受賞
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