「馬糞石」(葛西善蔵)

騙されやすい三造の姿こそ、味わいどころ

「馬糞石」(葛西善蔵)
(「百年文庫083 村」)ポプラ社

「百年文庫083 村」ポプラ社

馬糞石はお宝だった!?
先日死んだ馬の腸内から
取り出された結石・馬糞石が、
高額で取引されていることを、
ゴホンケの老人から
聞き及んだ三造は驚く。
強欲な三造は、
それを持ち帰った
親類の獣医から、何とかそれを
取り戻そうと…。

騙されやすい人間はどこにでも、
いつの時代でもいるものです。
本作品の主人公・三造もその一人です。
たった一頭きりの飼い馬を、
病で死なせてしまったのは
仕方ないとして、
その原因となった結石(馬糞石)が
お宝であるという
「ゴホンケの老人」の話を
真に受けてしまうのですから、
確かに騙されやすい人間なのです。
この三造の姿こそ、
本作品の味わいどころとなっています。

〔主要登場人物〕
三造
…農家であり、村会議員元老株。
 強欲な性格。
 馬糞石を取り戻そうと奔走する。

…三造の家の本家三男。
 三造の甥にあたる。若い獣医。
 死んだ馬を解剖し、その結石を
 畜産学校へ資料として寄贈する。
「倅」(運造)
…三造の息子。怠け者。
ゴホンケの老人(寺田の爺さん)
…村の物識りの老人。
 馬糞石の話を運造にする。

本作品の味わいどころ①
担ぐ村人、それに担がれる三造

ゴホンケの老人も村人たちも、
三造を騙しているといいうよりは、
担いでいるのです。
他愛のない悪戯のようなものなのです。
三造が大騒ぎする様子を
見たいだけなのです。
三造は単純なのでしょう、
担がれているとも知らず、
予想通りに大騒ぎしてしまうのですから
滑稽です。

だからといって、それは
陰湿ないじめとは異なるものです。
三造は決して弱い立場ではありません。
村会議員元老株を持ち、
役場勤めをしている上、
次期村長選挙への立候補も
考えているというのですから、
村の中ではそれなりの力を持った人物
(もしくは血筋)なのでしょう。
弱者へのいじめではなく、
強者へのからかいなのです。

本作品の味わいどころ②
強欲を隠すことができない三造

三造はなぜ担がれてしまうのか?
根が単純であることや
無学であることが災いしていることは
確かですが、強欲な性格であることが
その主たる原因と考えられます。
強欲になるのも仕方ありません。
近年不幸続きで、
十年のうち二度も焼け出され、
精神を病んで帰って来た実弟が狂死し、
甥とのいざこざの示談金の支払いを
迫られていたのですから、
強欲になるなという方が
無理なのかも知れません。
でも、その強欲ぶりがまた、
滑稽なのです。

本作品の味わいどころ③
空想に溺れ、現実を見ない三造

獣医・広に交渉し
(というより何度も怒鳴り込んで)、
馬糞石を取り戻すのですが、
そのあとの振る舞いもやはり滑稽です。
馬糞石を恭しく飾り置くとともに、
誰彼かまわず家に上げて酒を振る舞い、
それを「拝見」させるのです。
「こうして拝見を許すのも
 やっぱし評判を立てさせる
 ひとつの術だってなあ。婆さんよ!
 酒などけちけちすることねえだ」

馬糞石の評判を高めてから
高値で売り払おうという魂胆なのです。
空想力がたくましいといえば
それまでですが、
現実を全く見ようとしないその性格には
あきれざるを得ません。
その場面で物語は幕を閉じるのですが、
書かれざる「その後の顛末」を
想像すると、一層滑稽です。

今日のオススメ!

こうして三造を見てみると、
単純で担がれやすく、
強欲を隠すことなく表面に出し、
空想に溺れて現実を見ない、
何とも困った性格であり、
とても成功する人間には思えません。
しかしながら、彼の強みは
「めげない」ところなのでしょう。
騙されてばかりの失敗の連続する
人生なのでしょうが、
「生きる力」「たくましさ」だけは
豊富であるような気がします。
三造の「滑稽さ」を、
十分に堪能しましょう。

巷では
特殊詐欺の被害が拡大しています。
騙されやすい人間がいるのは
古今変わりのないことです。
しかしその欺し方や欺す目的は、
年々悪質になる一方です。
三造のような欺される人間に
ならないようにしながら、
三造のようにたくましく生きる人間に
なりたいものです。
本作品を、ぜひご賞味ください。

〔「百年文庫083 村」収録作品〕
電報 黒島伝治
豚群 黒島伝治
馬糞石 葛西善蔵
泥芝居 杉浦明平

〔葛西善蔵の本はいかがですか〕

〔「百年文庫」はいかがですか〕

created by Rinker
ポプラ社
¥510 (2024/06/01 20:44:38時点 Amazon調べ-詳細)

「百年文庫」には魅力ある作品が
多数収められています。
100冊すべてがお薦めです。

(2023.7.18)

Piet van de WielによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

created by Rinker
¥2,508 (2024/06/01 20:44:44時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA