「やがて満ちてくる光の」(梨木香歩)

ただ、静かに、たおやかに、語りかけてくる

「やがて満ちてくる光の」(梨木香歩)
 新潮文庫

「やがて満ちてくる光の」

児童文学が
大人の中の子どもの視点を
呼び覚ますものであるなら、
現役の子どもたちの
「社会の新人」としての目が現代の
すさまじい昏さを捉えたとき、
それがどんなに破壊的な
パワーとなったとしても、
児童文学はついて行くべきだ…。

梨木香歩のエッセイを読みました。
「エッセイ」という言葉が
軽すぎるくらいに感じる、
あえて「随筆集」と呼びたくなるような、
重みのある文章が並んでいます。
ところどころで立ちどまり、
何度も咀嚼し直して、
ようやく読み終えた次第です。

本書「やがて満ちてくる光の」は、
「鳥と雲と薬草袋」
「風と双眼鏡、膝掛け毛布」

「春になったら苺を摘みに」のように
一時期にまとめて書かれたものではなく
1998~2019年に渡って
いろいろな雑誌に掲載された作品を
集めたものです。
それでいて単なる
「寄せ集め」などというものではなく、
一つのまとまりを持って
書かれたかのような
印象を受けるのです。
それはおそらく梨木の考え方の
根っこの部分が、
時代の変化にかかわらず、
常に一貫しているからなのでしょう。

〔本書の内容〕
守りたかったもの
遠くにかがやく 近くでささやく
1998、1999年のことば
家の渡り
生まれいずる、未知の物語
 河田さんとの対話
 上も下もないつながり

 森に潜むもの
 透き通るような野山のエッセンスを
 旅にあり続ける時空間―伊勢神宮
 ただ渦を見るということ
  国生みの舞台、淡路島へ
 淡路島の不思議な生きものたち、
  そしてタヌキのこと
 記録しないと、消えていく
  「家守綺譚」朗読劇公演
 読書日記 二〇一五年猛暑八月
 その土地の本屋さん
 ハリエンジュとニセアカシア
II
 忘れられない言葉
  あの子はああいう子なんです
 世界へ踏み出すために
  あの頃の本たち
 イマジネーションの瞬発力
 あわあわとしていた
  こころにひかる物語
 お下がりについて
 マトリョーシカの真実
 錬金術に携わるような
 はちみつ色の幸福に耽溺する
 追悼 佐藤さとるさん
  叙情性漂う永遠の少年
 アン・シャーリーの孤独、
  村岡花子の孤独
 永遠の牧野少年
 食のこぼれ話
 湖の国から
III
 部屋、自分を充たすために
 故郷へ旅する魂―ウィリアム・モリス
 風の道の罠―バードストライク
 失われた時代の思い出
 トランジットについて、思うこと
 エストニアの静かな独立―歌う革命
 下ごしらえの喜び
  わたしの大切な作業
 「夏の朝、絵本の家へ遊びに。」
 取材の狐福
 今日の仕事に向かう
 繋がる
 「粋」の目的
 イスタンブール今昔
 カタバミとキクラゲ
 川の話
 カブトムシの角。
IV
 嵐の夜に海を渡る
 3.11を心に刻んで
 丁寧に、丹念に
あとがき
文庫版あとがき

上に掲げた目次を見ても判るように、
テーマは多岐にわたっています。
その中で私が特に感銘を受けたのが、
梨木の「子どもたちを見守る視点」です。

「性の商品化に関する情報の氾濫で、
 自分の姓を商売にしようとする子が
 出てきても無理はない。
 だって、それが大事なものだなんて、
 この圧倒的な情報量の前では、
 誰もその子に語らなかったに
 等しいのだ」

自らの姓を売る小中学生が
現れていることに関する、
梨木の見解が続きます。
「お金と交換できるものを
 自分が持っているらしい、やったあ、
 と無邪気に行動することは、
 子どもらしい短絡さだ。
 眉を顰めるべきは、
 その子に対してではない」

私たちは、低年齢化する性の氾濫に、
「時代のせい」「なすすべなし」などと
諦めてはいなかったか?
自らなすべきことを
しないできたのではないのか?
「その子の問題」と
片づけてこなかったか?
「家庭環境が悪かったのだろう」などと
他に責任を押しつけていなかったか?
梨木の言葉は、
研ぎ澄まされた刃のように
読み手に突き刺さってきます。

「瓦解しかかっているような
 現代社会に、
 デビュー年齢を迎えてしまったのが
 今の十三、四歳だ。
 守りとなるべき
 確固たる倫理観も与えられず、
 砦となるべき家庭観も
 あやふやなまま、
 一歩を踏み出そうとしている。
 その一歩に失敗して
 悲惨な事件となる」

中学生の年代による、
陰惨な事件が近年続いているのですが、
梨木はそれを
「犯罪の低年齢化の進行」などという
無責任な言葉で片づけてはいません。
十三、四歳の年齢に自らの視点を置き、
現代の子どもたちと
社会との不整合について、
冷静にその問題点を指摘しています。

今日のオススメ!

梨木の筆致は、
いつものように物静かです。
決して声高に誰かを、あるいは何かを、
指弾しているのでもなく、
これ見よがしに解決策を
提示しているのでもありません。
ただ、静かに、たおやかに、
語りかけてくるだけなのです。
その言葉一つ一つは、
鋭利であるとともに、
温かさと優しさに満ちているのです。

心が渇きはじめている大人のあなたに、
強くお薦めしたい一冊です。
どこからでも好きなところから、
何回でも味わうように読みふけりたい
本が、ここにあります。

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