「あめつちのうた」(朝倉宏景)

「仕事」「成長」「感動」を描いた超一級の娯楽作品

「あめつちのうた」(朝倉宏景)
 講談社文庫

「あめつちのうた」講談社文庫

阪神園芸に入社し、
グラウンドキーパーとなった
雨宮大地。彼は絶望的な
運動神経の持ち主であり、
仕事は失敗の連続だった。
しかし彼の弟は、高校野球の
注目される選手であり、
父親もまた甲子園を目指していた
野球選手だった…。

「白球アフロ」「野球部ひとり」で、
これまでに野球小説を発表してきた
朝倉宏景
最近あまり読んでいなかったのですが、
講談社文庫からは
さらに3冊登場していました。
本書は2020年に単行本で発表され、
翌21年には文庫本化された
長編小説です。
野球、それも甲子園球場が
舞台となっているのですが、
野球そのものを描いた
作品ではありません。
「仕事」「成長」「感動」を描いた
超一級のエンターテインメントと
なっているのです。

〔主要登場人物〕
「俺」(雨宮大地)
…運動神経ゼロの青年。
 高校時代は野球部マネージャー。
 高校卒業後、阪神園芸に入社。
雨宮傑
…大地の三歳違いの弟。
 運動センスに優れ、
 一年生ながら甲子園を沸かせる選手。
「父さん」
…大地の父親。高校時代、
 甲子園にあと一歩届かなかった。
「母さん」
…大地の母親。
 気さくな性格だが心配性。
長谷騎士(はせないと)
…大地の一年先輩の社員。口が悪い。
 元甲子園優勝投手。決勝戦後、
 肘を痛めて野球を断念していた。
甲斐俊介
…大地の先輩社員。経験5年目。
 面倒見が良い。
一志
…大地の同級生。
 野球部でエースピッチャーだった。
 卒業後は大学進学。同性愛者
近藤真夏
…甲子園の売り子のバイトをしている
 大学生。歌手を目指している。

本作品の味わいどころ①
「プロ」とは何かを描く、仕事小説

私たちはついつい、
日の当たる仕事だけに
目を向けてしまいます。
球場で注目するのは
当然野球選手なのでしょうが、
その選手のプレーを支える
いくつもの職業が存在している、
そんな当たり前のことに
気づかせてくれる作品です。

野球好きの父親に認められたい一心で、
運動センスが全くないにもかかわらず、
野球にしがみついてきた
主人公・雨宮大地。
彼はそうしたわだかまりを乗り越えて、
最後にはグラウンドキーパーの
「プロ」になろうと決意するのです。

作者は、本作品のいたるところに、
「仕事のプロとは何か」というテーマに
対する手がかりを潜ませています。
甲斐が大地を諭す場面は、
若い人たちが自らの職業観を
見直すきっかけになるはずです。
「お飲み焼き屋の婆さんやろうが、
 工事現場のおっちゃんやろうが、
 バスやトラックの運転手やろうが、
 普通のサラリーマンやろうが、
 みんなおなじや。
 それぞれの持ち場を
 必死になって守っとるだけや。
 それで給料もらって生きてんねん」

本作品の舞台となっている企業
「阪神園芸」は実在の会社であり、
甲子園球場でのグラウンド整備、
特に雨天時からの迅速な復旧作業は、
「神整備」と呼ばれるほど
関係者から高い評価を得ています。
登場する社員一人一人が
まさにプロ意識の高い「職人」として
描かれています。
エンターテインメントを
追求しながらも、
しっかりとした「仕事小説」として
成立しているのです。

本作品の味わいどころ②
挫折から再び立上がる、成長物語

当然、大地がそうしたプロ意識に
目覚めるまでには紆余曲折があります。
「プロローグ」から始まる本作品は、
「はじめての春」「はじめての夏」
「はじめての秋」「はじめての冬」
そして「ふたたびの春」と、
新入社員である大地の、
職業人としての
最初の一年を追いながら、
そこに同年代の若者との交流を交え、
一つの成長物語として
完結させています。

大地と関わる若者たちもまた、
人知れない思いを抱えながら
生きてきたのです。
大地を冷たくあしらっていた長谷は、
甲子園優勝投手でありながら、
酷使され、肘を痛めて
野球を断念していました。
一志は、順調に
大学野球にデビューしたものの、
同性愛者であることの
カミングアウトで失敗し、
野球を諦めかけます。
真夏は小学生のころに患った
闘病生活の暗い思い出から
抜け出せないでいるのです。
お互いがお互いに影響を与え合い、
四人が四人とも
大人としての再出発を果たす結末は、
数ある成長物語の中でも
出色の出来映えとなっているのです。

本作品の味わいどころ③
八方全てが丸く収まる、感動長編

成長するのは
若者四人だけではありません。
傑も大地の助言で一回り成長し、
それによって大地は
傑への嫉妬心から解放されます。
大地の父親も
傑の一言や大地の働く姿を通して、
自らの過ちに気づき、
それによって大地は父親との
関係改善を果たします。
大地が長谷から
仕事の極意を学び取るとともに、
長谷は大地から自分の弱さと
向き合うことを教えられます。
すべてが丸く収まることで、
すべてが読み手に
深い感動を与えているのです。

こうしたストーリーテリングの巧さは、
「白球アフロ」「野球部ひとり」にも
見られたものであり、まさに
朝倉宏景の真骨頂といえるでしょう。
文庫本にして450頁という
大長編ですが、あまりの面白さに、
頁をめくる手を
止めることができませんでした。
近年の現代作家の作品の中でも指折りの
「感動長編」作品といえるでしょう。
野球シーズンは終わりましたが、
秋の読書にふさわしい一冊です。
ぜひご賞味ください。

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(2023.10.2)

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