「創造」(谷崎潤一郎)

美は即ち滅び、その美学、谷崎潤一郎の世界

「創造」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅩⅣ」)中公文庫

「潤一郎ラビリンスⅩⅣ」中公文庫

「男が女から
妖艶な柔かみを借りて来た時、
始めてほんとうの美しさを
発揮するのさ。
人間に純粋の
男や女がないと同じく、
その肉体も両性の長所が
交らなければ
完全な美は得られないのさ。
己は先、お前の体は
ミケランジェロの絵に…。

谷崎潤一郎の書いた不思議な作品です。
会話のみから構成された
五つの章からなる小品なのですが、
物語というようりも
谷崎が自身の特異な美術観を
開陳したかのような作品なのです。
自らの芸術的技量に
限界を感じた画家が、
生涯をかけて創作した「作品」とは何か?
美しい肉体をもった人間です。

〔主要登場人物〕
川端

…画家。美術界からはその作品を
 あまり評価されていない。独身。
綾子
…川端の妹。すでに他家へ嫁いでいる。
 独身の兄を心配する。
(男)
…川端の養子。文学を志している青年。
 美しい男性美の肉体を持つ。
お藍
…芸者。孤児。川端に探し出され、
 (男)の妻となる。
 美しい女性美の肉体を持つ。
(子)
…(男)とお藍の間に生まれた子。
 両者の長所を受け継ぎ、
 完璧な美を備えている。

本作品の味わいどころ①
完璧な人間の美の「創造」

「一」では、
独身を心配する妹・綾子が、
画家である兄に対して
結婚を勧めるのですが、
川端は醜い容姿の自分が
子どもをつくるわけにはいかないことを
説きます。
そしてここ数年作品を
完成していないけれども、
数年後には素晴らしい傑作を
創り上げることを宣言するのです。
「ほんとうに血あり肉ある生命の
 藝術をクリエエトするのだ」

その中身は「二」以降で
明かされるのですが、
美しい男性と美しい女性から
完璧な美を備えた人間を創り上げる。
それが川端の考える
芸術的「創造」なのです。

どことなく優生思想を喚起させる
テーマですが、谷崎には
そのような意図はないと思われます。
内面の美しさや人間性を
まったく無視して
肉体の造形美のみに焦点をあてた
谷崎の独特な感性こそ本作品の
第一の味わいどころといえるでしょう。

本作品の味わいどころ②
会話文のみで伝える手法

すべてが二者による会話文のみで
構成された作品です。
その詳細は以下の通りです。

〔各章の構成〕
※各章それぞれ二人の登場人物の
 会話のみで成立

 川端と綾子の会話
二(其の年の秋の会話)
 川端とその養子との会話
三(翌年の春の会話)
 川端とお藍の会話
四(同じ年の同じ春の会話)
 (男)とお藍の会話
五(十五年後の春の会話)
 (男)と(子)の会話

すべてを会話文にすることにより、
余計な情景描写はすべてそぎ落とされ、
必要な最小限の情報のみから
成り立っているのです。
読み手はその会話からすべてを脳内に
再生させなければなりません。
川端の醜い容貌、
(男)の男性的肉体美、
お藍の女性的肉体美、
そして(子)の完璧な美しさ、
そうしたものを、
読み手は自らの脳内仮想空間に描出し、
谷崎の作品世界を
味わうことになるのです。
これこそが大人の読書であり、本作品の
第二の味わいどころといえるのです。

本作品の味わいどころ③
美は即ち滅び、その美学

世間では、
優秀な男女から生まれた子が、
両親のわずかな欠点を
かき集めてしまう例が
見受けられるのですが、
谷崎はそんなつまらないオチを
つけてなどいません。
川端の望んだとおり、
完璧な美を備えた(子)が
生まれるのです。
その(子)と(男)の会話が、
美しい「滅び」を描き出しているのです。

一つは、完璧な美しさを有した以上、
それに釣り合う女性など
この世には存在しないだろうことが
(男)から語られます。
「男もお前を恋するだろう。
 女もお前を恋するだろう。
 しかしお前は其れ等の人を翻弄して、
 冷たい背中を向けるだろう。
 お前の行くところには
 歓楽の血が流れ、
 罪悪の錦が織り出され、
 呪いの草が蔓るだろう」

まるで呪いのような予言です。

もう一つとして、
(男)とお藍の夫婦も
行き場を失っている様子が語られます。
子どもをつくってから、
その後の進展のない夫婦生活なのです。
自分たちの役目は完璧な子どもを
藝術作品として創り上げることであり、
それが完成した以上、
人生には何も残されてはいないのです。
若くしてすでに
老いの境地に達しているかのようです。

そのように「滅び」が見えているのに、
会話している二人は
幸福に満ちているのがさらに異様です。
「僕はお父様とお母様の美しい月日を
 お喜び申し上げます。
 僕はお父様にもお母様にも
 感謝いたします。」
「そうして、一番大切なお祖父様にも
 感謝しなければならない。」

この会話で、物語は幕を閉じます。
この「滅び」の美学を体現したような
結末こそ、
本作品の最後にして最大の
味わいどころとなっているのです。

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谷崎の紡ぎ出す世界に
尋常なものは一つとてありません。
本作品もまた一般常識では
測りきれない世界であり、
読書を通して体験すべき異世界です。
師走の夜の読書として
いかがでしょうか。

〔「潤一郎ラビリンスⅩⅣ」〕
創造
亡友
女人神聖

〔関連記事:「潤一郎ラビリンス」〕

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