「刺青殺人事件」(高木彬光)

極彩色の刺青を思わせる緻密な作品構成

「刺青殺人事件」(高木彬光)角川文庫

「刺青殺人事件」角川文庫

極彩色の刺青を身に纏った女・
絹枝と一夜を共にした研三。
彼女の呼び出しに応じて
自宅を訪ねた研三は、
内側から鍵のかかった、
いわゆる密室状態の浴室で
彼女の死体を発見する。
その死体は首と両手両足だけで、
胴体はどこにも…。

戦後間もない昭和23年に発表された、
高木彬光のデビュー作であるとともに
最高傑作との誉れの高い
長篇作品でもあり、
横溝正史「本陣殺人事件」とともに
日本の本格探偵小説時代の
到来を告げた作品です。
そして日本三大探偵の一人といわれる
神津恭介の
シリーズ第一作でもあります。
そのような記念碑的作品にふさわしい
読み応えのある作品となっています。

〔主要登場人物〕
野村絹枝

…大蛇丸の刺青を持つ女。
 松下研三を誘い、一夜を共にする。
 誰かに殺される不安を
 研三に打ち明ける。
彫安
…刺青師。絹枝の父。故人。
野村珠枝(林澄代)
…絹枝の双子の妹。綱手姫の刺青を
 背負っているという。
野村常太郎
…絹枝の兄。自雷也の刺青を持つ。
 戦死したと思われていたが復員し、
 刺青師を営んでいた。
最上竹蔵
…土建屋「最上組」の社長。
 絹枝を愛人にしている。
最上久
…竹蔵の弟。
稲沢義雄
…「最上組」の支配人。
 絹枝と関係を持とうとしていた。
吉岡一郎
…「最上組」事務員。
 竹蔵の死体を発見する。
狭山
…最上竹蔵の顧問弁護士。
早川平四郎
…東亜医大の医学博士。
 最上兄弟の叔父。
 刺青の研究家・蒐集家。
河畑京子
…久の愛人。洋装店「モナリザ」の主人。
 久のアリバイを証言する。
小滝
…絹枝宅の隣人。
 死体が絹枝であることを証言。
吉田房子
…絹枝宅の女中。
 事件前に暇を出されていた。
臼井良吉
…事件前に出所した前科者。
 絹枝に恨みを抱いていた。
秋田刑事・石川刑事
…警視庁刑事。
松下英一郎
…警視庁捜査一課長。
 事件の捜査にあたる。
松下研三
…東大医学部法医学教室研究員。
 英一郎の弟。
 最上久の中学時代の後輩。
 絹枝に誘われて関係を持つ。
神津恭介
…研三の一高時代の友人。復員し、
 研三からの捜査協力依頼に応じる。

本作品の味わいどころ①
呪いの刺青、ほどよいおどろおどろしさ

表題の通り
「刺青」が殺人事件の鍵を握ります。
名人刺青師・彫安の
三人の子どもたちの「刺青」には
恐ろしい「いわく」がついているのです。
常太郎が「大がま使いの自雷也」、
絹枝が「大蛇の妖術使い大蛇丸」、
そして珠枝が「蛞蝓に乗って
あらわれる綱手姫」なのです。
それらは「三すくみ」の関係
(蛇は蛙を呑み、蛙は蛞蝓を呑み、
蛞蝓は蛇を融かす)にあり、
凶相といわれているものです。
なぜ子どもたちにそのような禍々しい
呪いのような刺青を施したのか?
何とも形容しがたい
おどろおどろしさが漂っています。

しかしそのおどろおどろしさには、
横溝のような重厚さはありません。
本格的ミステリの
本質を見失わないよう、
ほどほどのあたりで
押さえられているのです。
戦後の混乱した首都・
東京を舞台にした作品であり、
ほどよい恐怖感となっているのです。
このバランス感覚こそ、本作品の
第一の味わいどころといえるでしょう。

本作品の味わいどころ②
本格ミステリ!密室殺人と胴体なし死体

海外の多くのミステリ作家が
挑戦している「密室殺人」。
ところが日本家屋は
密室とはなりにくいことから、
日本人作家の作品には
取り入れにくいものとされてきました。
その難題に挑戦したのが
横溝正史「本陣殺人事件」
(昭和21年)でしたが、
本作品はそれをさらに上回る
出来映えとなっています。

さらには、「首なし死体」ならぬ
「胴体なし死体」の登場。
「首なし死体」なら、
死体の身元を隠すためであり、
さらには被害者と思われていた人物が
実は殺人犯だったという
典型的なパターンなのですが、
この「胴体なし殺人」には
どのような意味が潜んでいるのか?
最後まで読み進めると、
そこに深いトリックが
隠されていることがわかります。
おどろおどろしさで終わることなく、
高密度な
本格的探偵小説となっているのです。
この完成度の高さこそ、本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ➂
仕掛けられた罠!ミスリードを誘う設定

しかしそれ以上に
深い味わいを生み出しているのは、
作者・高木彬光の仕掛けた
巧妙な罠の数々です。
冒頭で述べられている
「刺青」に関わる歴史的背景、
刺青マニア・早川博士の存在と
その奇妙な言動、
早い段階からその存在が確認される、
死亡したと思われていた
双子の妹・珠枝、
アトリエを改造してつくられた
実験室内の加圧釜、
研三と絹枝の
怪しく妖しいラブ・ロマンス等々、
それらはみな、
読み手のミスリードを誘う
作者の罠であるとともに、
巧妙に張られた伏線でもあるのです。
あたかも熟練の技で描かれた
極彩色の刺青を思わせる
緻密な作品構成となっているのです。
これこそ本作品の最大の
味わいどころといえるでしょう。

もちろん後に名探偵と呼ばれる
神津恭介の存在感も独特のテイストを
醸し出しているのですが、
ここまで挙げた三点の味わいどころは
それ以上に
深く濃いものとなっています。

created by Rinker
¥814 (2024/05/18 15:25:30時点 Amazon調べ-詳細)
今日のオススメ!

残念ながら角川文庫版
平成に入ってすぐ絶版、
現在では光文社文庫の新装版が
流通しています。
しかし昭和生まれの私にとって、
高木彬光作品といえば
旧角川文庫の日暮修一の装幀画が
切り離せないものとなっています。
本書も古書をあたりました。
味わい深い表紙で
味わい深い作品を読む。
それが読書の醍醐味です。

〔関連記事:高木彬光作品〕

〔光文社文庫刊:高木彬光作品〕

created by Rinker
¥660 (2024/05/19 02:41:19時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥817 (2024/05/18 15:25:26時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥968 (2024/05/18 15:25:25時点 Amazon調べ-詳細)

(2023.12.28)

Khusen RustamovによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

created by Rinker
¥3,080 (2024/05/18 22:35:12時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥3,520 (2024/05/18 18:50:04時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥3,080 (2024/05/18 22:35:12時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA