「天守物語」(泉鏡花)

またもや妖怪と人間の恋物語

「天守物語」(泉鏡花)
(「泉鏡花集成7」)ちくま文庫

播州姫路白鷺城の天守閣には、
美しい妖怪が棲んでいた。
ある日、鷹狩りに出て
鷹を失った城主は、
その責任を若き侍・図書之助に
言いつける。
図書之助は誰も足を
踏み入れたことのない
天守へと向かったが、
そこには物の怪たちが…。

以前取り上げた
泉鏡花「海神別荘」
四年後に書かれた本作品。
またもや妖怪と人間の恋物語です。
でも本作品は「海神別荘」とは異なり、
男が人間、女が物の怪です。

読みどころの一つは、
こともあろうに天下の名城の天守閣を
根城にしている妖怪軍団の面々です。
主人公は天守夫人・富姫。
もともとは先代城主夫人であったのが、
自害して妖怪変化してしまいました。
そしてその妹・亀姫。
猪苗代から
姉の元に遊びに来るのですが、
手土産は生首です。
それをおいしそうに啜るのが
妖怪侍女たち、
桔梗・萩・葛・女郎花・撫子・薄。
名前はあでやかですが、物の怪です。
脇を固めるのが朱の盤坊と舌長姥の
二眷属たち。
最後に登場する名工・桃六も
おそらくは妖怪でしょう。
不気味ではあるのですが、
それぞれがいい味を出しています。

読みどころのもう一つは、
図書之助と富姫の恋の行方です。
「海神別荘」同様、妖怪の方が
人間に一方的に恋してしまうのです。

城主の失態の責任を
被らざるを得なかった図書之助は、
失踪した鷹を探しに
天守へ使わされます。
そこで富姫と対面するのです。
妖怪と遭遇しても
図書之助は取り乱したりしません。
天守へ来た理由を
理路整然と説明するのです。
しかも上役に責任を
なすりつけられたことに対しても
愚痴一つ言いません。
その態度は節度を守りながらも
実に堂々としていて、
まさに凜々しい好青年なのです。

もちろん富姫は一目惚れです。
しかし、どこまでも
努めを果たそうとする
誠実な姿に打たれ、
下階へと一度は返します。

これで終わりません。
図書之助には
さらなる悲劇が襲いかかります。
あらぬ罪をさらにかぶせられ、
命を狙われるのです。
同じ人間に殺されるよりも、
物の怪である富姫の手にかかりたいと
再度天守へ命からがら逃げ込むのです。

本作品もやはり
妖怪が美しく描かれています。
姿形は醜悪なのですが、
その魂は純粋無垢なのです。
それに比べて
人間の心の何と醜いことか。
本作品も、泉鏡花の世界観が
前面に押し出されています。

さて、追っ手も強者、
富姫も眼を傷つけられ、絶体絶命…。
でも最後はやはり幸せに終わります。
凍てつく寒さの冬の夜に、
妖しくも美しい一篇、
いかがでしょうか。

※本作品は
 岩波文庫「夜叉ヶ池・天守物語」でも
 読むことができます。
 もちろん青空文庫もあります。

(2021.12.28)

【青空文庫】
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