「奇妙な足音」(チェスタトン)

味わいどころはブラウン神父のキャラクター

「奇妙な足音」
(チェスタトン/中村保男訳)
(「ブラウン神父の童心」)
 創元推理文庫

「奇妙な足音」
(チェスタトン/中村保男訳)
(「世界推理短編傑作集2」)
 創元推理文庫

もし読者諸君が、あの選り抜きの
「真正十二漁師クラブ」の某会員が
年一度のクラブの晩餐会に
出席しようと
ヴァーノン・ホテルに
入ってきたのに会ったとすれば、
彼が外套を脱ぐときに
お気づきになるだろうが、
彼の夜会服は緑色で…。

書き出しが粋な文学作品は多々あれど、
ミステリでは
なかなかお目にかかれません。
本作品の書き出しは秀逸です。
なぜ「彼の夜会服は緑色」なのか?
描かれている事件の本質と
微妙な関係があり、
結末と呼応しているため、
抜き出してみました。
イギリスのミステリ作家・
チェスタトンの「奇妙な足音」です。
味わいどころはずばり、
ブラウン神父の
キャラクターそのものです。

〔主要登場人物〕
ブラウン神父

…イギリス・サセックス教区の
 カトリック神父。アマチュア探偵。
 丸顔で眼鏡を掛け、短躯。
リーヴァ
…ヴァーノン・ホテル・オーナー。
オードリー
…真正十二漁師クラブ会長
チェスター公爵
…真正十二漁師クラブ副会長。
パウンド大佐
…真正十二漁師クラブ会員。
 しゃれのわかる男。
フランボウ
…世間を騒がせ続けている怪盗
 (本作品中にはそうした情報は
 記されていない)。
 「青い十字架」「飛ぶ星」等にも登場。
〔事件の概要〕
ヴァーノン・ホテル特製の
銀のナイフとフォークのセット十二組が
何者かに盗み取られる。

本作品の味わいどころ①
足音で事件を見抜く神父の推理

足音だけで事件を見抜くブラウン神父の
推理力(というかひらめき)が見事です。
しかも盗難が明らかになる前に、
すでにすべてを見抜いているのです。
問題の足音は…、やや長いのですが、
以下の通りです。
「まず、
 身軽な競歩選手が歩いているような、
 すばやい小刻みな足がすたすたと
 長いことつづくのだった。
 一定に地点にくると、
 これはぴたっと止まって、
 今度は足踏みするような
 ゆっくりとした歩調に変わり、
 その歩数は前のに較べて
 四分の一にも達しなかったが、
 それがつづく時間は
 まえのとほぼ同じだった。
 そして、このゆっくりとした歩みが
 最後にこだましながら
 消えたかと思うと、またもや
 軽やかな急ぎ足の音が聞こえはじめ、
 ふたたびそれは重く踏みつけるような
 足音に変わるのだった」

この足音から推理する
ブラウン神父もたいしたものですが、
これを読み手に伝えるための表現を
考え抜いた作者チェスタトンも、
そしてそれを日本語訳した訳者も
立派です。
この足音はなぜこうなったか、
ブラウン神父とともに考えることこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ②
窃盗犯を改悛させる神父の人徳

神父は犯人を逮捕しません。
警察官ではないのですから
当然なのですが、
その手続きは一風変わっています。
犯人の懺悔を聴き、その罪を赦し、
改悛させるというものです。
詳しいプロセスは描かれてはいません。
窃盗犯と対峙し、
「わたしは神父だ、フランボウ君。
 あんたの懺悔を聞く
 用意はできている」

素敵な決め文句です
(ところで私は本作品を
「世界推理短編傑作集2」で
初めて読んだため、
なぜ神父が犯人の名前を知っていたのか
理解できませんでした。
怪盗フランボウはシリーズ第一作に
登場していたことを
「ブラウン神父の童心」で知りました)。

そして事件が明らかになると、
いぶかる関係者に対し、
「眼に見えぬ鉤と紐で捕まえたのです」
と受け流す。鮮やかです。
逮捕せず改悛させる。
それが神父探偵の
持ち味ということなのでしょう。
この慈悲深いブラウン神父の
人徳を噛みしめることこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。

本作品の味わいどころ➂
ユーモアを理解する神父の性格

盗まれた銀の食器セットは
無事回収され、クラブのメンバーは
それだけで満足する中、
会員中唯一名前を与えられた
パウンド大佐だけは
神父の推理に興味を示します。
二人の会談が、
謎解き場面となっているのです。
このパウンド大佐も
ユーモアに富んだ人物ですが、
神父はそれ以上です。
「神父殿、あんたの友人は
 紳士のまねをするくらいでは、
 よほど利口だったに
 ちがいないですな」
「紳士になるのはちょっとやそっとの
 ことではできません。
 給仕になるのもまた同じくらい骨の
 折れることではないでしょうか」

二人の掛け合いが素敵です。
このユーモアを解し、
円満に事件を収めてしまう神父の性格を
愉しむことこそ、本作品の
最大の味わいどころといえるのです。

このブラウン神父シリーズ、
なんとホームズに匹敵する
53短篇あるのだとか。
これから存分に味わいたいと思います。

(2024.8.2)

〔チェスタトン「ブラウン神父」〕
ブラウン神父シリーズは本書
「ブラウン神父の童心」を第一作とし、
以下4冊が刊行されています。

〔「世界推理短編傑作集2」〕
放心家組合 バー
奇妙な跡 グロラー
奇妙な足音 チェスタトン
赤い絹の肩かけ ルブラン
オスカー・ブロズキー事件 フリーマン
ギルバート・マレル卿の絵
 ホワイトチャーチ
ブルックベンド荘の悲劇 ブラマ
ズームドルフ事件 ポースト
急行列車内の謎 クロフツ

〔「世界推理短編傑作集」はいかが〕

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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