
リットン×岡本綺堂=最強オカルト・ユニット
「貸家」(リットン/岡本綺堂訳)
(「世界怪談名作集」)河出文庫
「われわれは最近
思いもつかないことに
出逢ったよ。
ロンドンのまんなかに
化け物屋敷を見つけたぜ」
「ほんとうか。何が出る。
……幽霊か」
「さあ、
たしかな返事はできないが、
僕の知っているのは
まずこれだけのことだ。
六週間以前に…。
古今東西、
人は幽霊を恐れながらも幽霊に惹かれ、
幽霊に魅せられます。
それゆえ、幽霊文学(というジャンルが
明確にあるわけではないのですが)が
発展してきているのです。
本作品は、その幽霊文学
原初の形をとどめた逸品です。
〔主要登場人物〕
「わたし」
…語り手。幽霊屋敷とおぼしき家屋を
借り、そこで幽霊見分を行う。
「男」
…「わたし」の友人。著述家で哲学者。
「わたし」に自らが借りた
不思議な屋敷について語る。
J氏
…幽霊屋敷の所有者。
「婆さん」
…幽霊屋敷の管理人の老婆。
三週間前に死亡。
F
…「わたし」の雇い人。
「わたし」とともに幽霊見分を行う。
※以下、幽霊
「子供」
…姿は見えず、小さな足跡を残す。
のちに姿を現す。
「老婆」
…屋敷にある二通の手紙を読むと
若い女性へと変貌した。
「若い美人」
…霊体として姿を現す。
※「老婆」の変化した「若い女性」とは
別人らしい。
「若い男」
…「若い美人」の後に姿を現す。
「黒い物」
…「若い美人」「若い男」「子供」の幽霊を
飲み込む。上位の霊か?
「幼虫」
…「黒い物」から生み出された
無数の何か。
本作品の味わいどころ①
ゴースト物語の原初:リアル幽霊
二十世紀以降の幽霊文学は、
幽霊を直接描かず、
いるのかいないのかわからないような
表現となっているものがほとんどです。
ヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」
(1898年:ぎりぎり19世紀なのですが)
などがその代表でしょうか。
しかし十九世紀に書かれた本作品は
違います。
主人公「わたし」だけでなく
雇い人Fの目にも明確に見えるのです。
しかも「若い美人」と
認識できるようにくっきりと。
さらに一体だけではなく
「老婆」「若い男」「子供」と
複数登場します。
それだけではありません。
それらより
一段上の存在なのでしょうか、
そうした霊体さえも飲み込む「黒い物」、
さらにそこから生み出される
群れなす「幼虫」。
これでもかというだけ幽霊
(を通り越してもはやモンスター)が
姿を現すのです。
しかも視覚的な
存在感だけではありません。
家具を動かしたり時計を隠したり
手紙を燃やしたりといった
物理的作用さえ及ぼすのです。
なんという自己主張の強い
ゴーストたち!
この幽霊物語の原初の形としての
「リアル幽霊」を
存分に体験することこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
シーンが目に浮かぶ:迫真映像美
そのゴーストたちの描写は
すさまじいばかりです。
「子供」の足跡だけが部屋に現れる。
一本の細く皺だらけの腕が現れる。
火花や火の玉が
床のあちこちから浮かび上がる。
「若い美人」が突如立ち現れる。
「若い男」が閉じたドアから出現する。
「黒い物」が
人間形態の霊体を飲み込んでいく。
「黒い物」から火の玉が飛び出す。
その火の玉が爆発して
醜い「幼虫」が舞い始める。
それらはまるで
映像を見ているかのような
圧倒的迫力を持って
読み手に迫ってくるのです。
この活字だけで到達した
迫真の映像美こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
こうしてみると、
二十世紀の幽霊物語が
心理描写に傾斜しているのに対し、
本作品は情景のリアリティにこだわった
作品であることに気づかされます。
作者・リットンの
エンターテインメント性に
驚くばかりです。
本作品の味わいどころ③
リットン×岡本綺堂:最強コラボ
それを日本の私たちに
余すところなく伝えているのが
翻訳者・岡本綺堂の訳文です。
自身も妖怪物を数多く手がけてきた
岡本綺堂。
しかもその日本語は
明治の他の文豪のように
堅くなりすぎず、だからといって
砕けているわけでもなく、
一定の格調を保った上での
エンターテインメントとして
成立しているのです。
当時はオカルト的な知見が
まだ定着していなかったはずなのに、
リットンが描いた
「ポルターガイスト現象」を、
日本語として見事に再現しています。
この最強コラボ:リットン×岡本綺堂の
オカルト・ユニットの創り上げた
エンターテインメントこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
さて、こうして本作品および
本書「世界怪談名作集」を読むと、
「正確に訳す」ことは
さして重要ではないことを
思い知らされます。
文章ではなく、
原作者の表現しようとしたものを、
十分に日本語として伝える、
それが大切なのでしょう。
1987年に文庫化された本書は、
2002年に新版改訂、
さらに2022年に新新版改訂されて、
現在も読むことが可能となっています。
明治の時代の幽霊物語を、
ぜひご賞味ください。
(2025.7.11)
〔青空文庫〕
「貸家」(リットン)
〔作者・リットンについて〕
エドワード・ブルワー=リットンは
1803年生まれで1873年に没した
イギリスの作家です。
一時はディケンズに匹敵するほどの
人気を誇った作家です。
幼い頃からスピリチュアルに
魅了されていたリットン。
オカルトに関する膨大な蔵書を所有し、
当時の最新のオカルト科学の流行を
すべて読み漁っていたという
逸話が残されています。
以下のような書籍が
現在流通しています。
なお、
昭和史で有名な「リットン調査団」団長の
ヴィクター・ブルワー=リットンは、
その孫にあたるそうです。
〔「世界怪談名作集
信号手・貸家ほか五篇」〕
序 岡本綺堂
貸家 リットン
スペードの女王 プーシキン
妖物 ビヤース
クラリモンド ゴーチェ
信号手 ディッケンズ
ヴィール夫人の亡霊 デフォー
ラッパチーニの娘 ホーソーン
※岡本綺堂訳「世界怪談名作集」は、
もう一冊刊行されています。
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