「悪霊島」(横溝正史)

金田一最終作!圧巻のシリーズ集大成

「悪霊島」(横溝正史)角川書店

「悪霊島(上)」「悪霊島(下)」
(横溝正史)角川文庫

米国で成功した富豪・
越智竜平が凱旋帰島し、
不穏な空気が漂う刑部島。
依頼人の命を受けて
金田一は島に渡る。
刑部神社の宵宮、宮司は
身体を黄金の矢で射貫かれ、
その娘は絞殺死体で見つかる。
島に取り憑いている
悪霊の正体は…。

横溝正史金田一シリーズ
傑作大長編であるとともに、
最後の作品となってしまった作品です。
後期の作品はエログロ色の強い
東京ものが多かったのですが、
本作は金田一耕助おなじみの
岡山県もの。
怪奇色の漂うおどろおどろしい雰囲気が
復活しています。

【事件簿File-076「悪霊島」】
〔依頼人〕
越智竜平
…米国で財を成した人物。
 刑部島出身。
 若い頃、宮司の娘・刑部巴との
 駆け落ちに失敗、その後、応召。
 復員後に島を出奔。
※青木修三の行方捜査を金田一に依頼、
 その死亡の確認後、犯人捜査を依頼。
〔捜査関係者〕
広瀬警部補…児島署捜査主任。
原田巡査…児島署巡査。
藤田刑事…児島署刑事。
後藤山野西村斎藤…児島署刑事。
山崎宇一…刑部島駐在所巡査。
磯川常次郎…岡山県警警部。
〔事件関係者〕
刑部大膳
…旅館錨屋の主人。島の最高実力者。
刑部巴
…大膳の双子の兄・天膳の孫。
 三十九歳。美しい女性。
 若い頃、越智竜平と駆け落ちに失敗。
刑部真帆
…巴の娘。十九歳。美少女。
刑部片帆
…巴の娘。真帆とは双子。
 絞殺死体で見つかる。
刑部守衛
…巴の夫。刑部神社の宮司。
 龍平から寄進された神社の新たな
 御神体・黄金の矢で胸を貫かれる。
刑部辰馬
…刑部村村長。大膳の妻の甥にあたる。
越智吉太郎
…竜平と同い年の従兄弟。
 大膳の腹心の部下。竜平を裏切り、
 駆け落ちした竜平の居場所を
 大膳に密告した過去を持つ。
三津木五郎
…刑部島への観光客。
 実の父親を探している。
荒木定吉
…置き薬の行商人の青年。
荒木清吉
…定吉の父親。
 刑部島で行方不明となった。
妹尾四郎兵衛平作徳右衛門
嘉六弥之助
…神楽太夫の一座。
妹尾松若
…神楽太夫。誠・勇の父親。
 刑部島で行方不明となった。
山城太市
…人形遣い。
 刑部島で行方不明となった。
浅井はる
…下津井に住む市子。
 磯川警部に手紙で相談。
 何者かに殺害される。
青木修三
…竜平の指示で刑部島に渡っていたが
 消息を絶つ。
 海上で発見、その後、死亡。
松本克子
…竜平の秘書。
 刑部島での仕事を任される。
越智多年子
…竜平の叔母。
 竜平の島での新居の家事を任される。
磯川糸子
…磯川警部の妻。故人。
〔事件の発生〕
昭和42年7月(岡山県・刑部島)
〔事件の概要〕
⑴過去の行方不明事件
・神楽太夫・妹尾松若失踪(昭和23年)
・薬行商人・荒木清吉失踪(昭和33年)
・人形遣い・山城太市失踪(昭和36年)
⑵青木修三行方不明事件
・5月5日:青木、刑部島到着。
・19日:失踪。
・20日:船舶雲龍丸、青木を救助。
 その後、死亡。遺言録音。
⑶浅井はる殺害事件
・6月16日:はる、磯川に手紙を書く。
・19日:はる、殺害される。
・20日:磯川、はる宅を訪問、死体発見。
⑷刑部島連続殺人事件
・7月1日:金田一、刑部島到着。
・6日:刑部守衛、殺害される。
・7日:刑部片帆の死体発見。
 死亡は7月5日夜。
・8日:刑部真帆、行方不明。
・9日:金田一、鍾乳洞を捜索、真相解明。
・14日:金田一、離島。

本作品の味わいどころ①
絡み合う事件!おどろおどろしさ全開

「プロローグ」からいきなり
おどろおどろしさ全開です。
「あいつは体のくっついたふたご」
「平家蟹の子孫」
「あの島には悪霊がとりついている」
「鵺の鳴く夜に気をつけろ」など、
死ぬ間際に残されたメッセージから
恐ろしい物語が幕を開けるのです。
「体のくっついたふたご」とは、
当然「シャム双生児」。
これがいったい筋書きに
どう絡んでくるのか?
そして「鵺の鳴く夜に気をつけろ」は
何を意味するのか?

さらには舞台となる刑部島での
連続殺人事件は、
金田一出馬の発端となった
青木修三行方不明(殺害)事件、
そして磯川警部から持ち込まれた
浅井はる殺害事件、
下津井を中心とする
いくつかの行方不明事件と
つながっているのです。
さらには冒頭から登場する
ヒッピー風青年・三津木五郎、
刑部神社の宵宮に招かれた
神楽太夫一行の事情も
事件に絡んできます。
それだけではなく、
磯川警部の個人的事情も
事件に深く関わってくるのです。
それによって磯川警部は
単なる捜査関係者ではなく、
事件の当事者として
その存在感を強く発揮するのです。
この、おどろおどろしさ全開で
事件が複雑に絡み合う構成こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
二大勢力衝突!その狭間に散った恋愛

鎌倉時代以前、島は越智姓ただ一つ。
そこに流れ着いたのが平家の落人・
平刑部一族七名。
その子孫が神職を司るとともに
刑部姓を名乗り、高貴な血筋として
島に君臨するようになったのです。

以来、代々勢力争いを繰り広げてきた
神職・刑部家と網元・越智家。
越智本家の嫡男・竜平と
刑部家の宮司の娘・巴の恋は、
したがって敵対する家どうしの
男女の恋愛であり、
認められるはずはありません。
昭和19年、
二人が計画した駆け落ちが失敗、
それが23年後の事件の
発端となるのです。
その詳しい経緯についてはぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。

その23年後、舞台は昭和42年。
次々と工業地域ができて
発展していく中、
刑部島は繁栄に取り残され、
衰退した過疎の村となっているのです。
その間、越智竜平は米国で成功を収め、
資産家として刑部島に凱旋。
つまり、成功者・越智家と
敗残者・刑部家という
逆転の構図となるのです。
これが昭和42年の事件の
引き金となるのです。
その詳しい経緯についてもぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。

事件が起きない方が
不思議なシチュエーションを、横溝は
またもや見事に創り上げているのです。
この、越智・刑部の
八百年にわたる確執と
その狭間に散った恋愛、そして
それがもたらした殺人事件の全貌こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

金田一耕助の事件簿(事件年代順)

本作品の味わいどころ③
金田一最終作!圧巻のシリーズ集大成

本作品は、
昭和35年に発表された「人面瘡」以来の、
実に20年ぶりに完成した
横溝の金田一シリーズ
磯川警部ものなのです。
あたかも原点回帰したような
作風となっており、
過去の金田一ものを彷彿とさせる場面が
いくつも見られます。

瀬戸内海の孤島となれば、もちろん
「獄門島」を連想させます。
本作品中には金田一と磯川が
獄門島や鬼頭早苗を
回想する場面もあります。
また、そうした島に
米国で成功した資産家が
舞い戻るという状況は、
「蜃気楼島の情熱」と同一です。
しかも越智竜平に金田一を紹介したのは
志賀泰三という
設定となっているのです。
今回金田一は、刑部島に渡る前に
一息つくつもりで磯川警部を訪ね、
そこで浅井はる殺害事件を
持ちかけられています。
静養目的での訪問が事件の無料依頼へと
すり替わる成り行きは、
「人面瘡」「死仮面」「首」
「悪魔の手毬唄」などがあり、
相手が等々力警部であれば
「鏡が浦の殺人」
「傘の中の女」が加わります。
旧家の勢力争いという構図は、
本鬼頭・分鬼頭が対立する「獄門島」
本位田家と秋月家・小野家の
対立である「車井戸はなぜ軋る」
矢部家・玉造家の争う「不死蝶」などに
見られます。
下地となっている落ち武者伝説は、
「八つ墓村」を彷彿とさせます。
本作品と「不死蝶」「八つ墓村」の共通点は
鍾乳洞での大スペクタクルという
展開にも見られます。
矢が凶器となった事件には、
「毒の矢」「死神の矢」そして
「猟奇の始末書」などがあります。
刑部巴のような
絶世の美女の登場する作品は…、
これは挙げるときりがありません。

金田一耕助の事件としては、
本作品の後に
「病院坂の首縊りの家」(後半部)が
あるのですが、執筆順では本作品が
金田一もの最終作となります。
こうしてみていくと、
本作品はこれまでの金田一の事件簿を
総括したような
構成となっているのです。
この、シリーズの集大成とも言える
作品構成こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

本作品は、
横溝が七十八歳という年齢で、
雑誌「野性時代」1979年新年号から
翌80年5月号までの
長期連載を成し遂げての完成作であり、
その創作意欲に
ただただ驚くばかりです。
横溝が最後に私たちに残してくれた
大長編にして大傑作「悪霊島」を
ぜひご賞味ください。

(2025.8.15)

〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

ぜひチャンネル登録をお願いいたします!

(2025.8.23)

〔角川書店からの三種の「悪霊島」〕
本作品はまず単行本として
1980年7月に出版されました。

すでにうねりが大きくなっていた
横溝ブームの中で、
わずか一年足らずの翌1981年5月、
二分冊で文庫化されています。

「悪霊島」Version2

さらには1996年、
新角川文庫から再登場しました。

「悪霊島」Version3

したがって本作品だけで
5種類の杉本一文画伯の装丁画が
使われているという
贅沢な作品となっているのです。

しかし異なるのは
表紙だけではありません。
新角川文庫版のテキストは、
単行本・旧角川文庫版と異なり、
例の「言葉狩り」によって
テキストに改変が施されています。
おそらくそれはわずかなのでしょうが、
決定的なのは、それぞれの「巻末」です。

単行本には横溝自身による
「あとがき」が収録されています。
しかしなぜか文庫化の際には割愛され、
代わりに
中島河太郎の解説が収録されています。
さらに新角川文庫では、その解説さえ
バッサリとカットされているのです。

「悪霊島」については、
①テキストを元に戻し、
②横溝の「あとがき」を収録し、さらには
③中島河太郎の解説も復元し、その上で
④トリミング版のみの杉本一文装丁画
 ヴァージョン3をフルサイズ収録の
 表紙で、
改版再出版してほしいものです。
それなら3組所有している私も、
それを追加購入したいと考えています。

〔横溝による「あとがき」について〕
単行本の「あとがき」で
横溝は次のように述べています。
「ある人はいう。これが私の
 人生最後の作品になるだろうと。
 私はしかしそうは思いたくない。
 私は現在七十八歳であるけれど、
 まだまだ
 書いていきたいと思っている。
 いろいろ手の込んだ探偵小説を」

その言葉通り、横溝はそのとき
「女の墓を洗え」「千社札殺人事件」の
二作を構想していました。
それを書き上げる時間を
神が横溝に与えなかったことが
恨まれます。

〔関連記事:金田一耕助の事件簿〕

「蝙蝠男」
「蜃気楼島の情熱」
「蝙蝠と蛞蝓」

〔金田一シリーズはいかが〕

おどろおどろしい世界への入り口
JoeによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「電気」「広告」
「押絵と旅する男」
「刺青殺人事件」

【こんな本はいかがですか】

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