「シナリオ 悪霊島」

映画が描く、古い時代の終焉

「シナリオ 悪霊島」角川文庫

あの事件は
ぼくにとって何だったのか?
そしてあの島は?
たしかに血なまぐさい風が
島を襲いあれ狂ったけれども、
今思うに
あの島での一か月の日々こそ、
もう二度と
足を踏み入れることがかなわぬ
魂の聖域だったのかも
知れない…。

先日取り上げた横溝正史の長編作品
「悪霊島」
1980年に発表されたその翌年の
1981年、映画が公開されました。
本書はそのシナリオです。
シナリオを読んでも映画の雰囲気が
すべて体感できるわけではありませんが
横溝作品の一つの
ヴァリエーションとしてとらえると
十分に愉しめます。

〔主要登場人物〕
越智竜平

…米国で財を成した人物。
 刑部島出身。
 若い頃、刑部家の娘・刑部巴との
 駆け落ちに失敗。
刑部大膳
…旅館錨屋の主人。島の最高実力者。
刑部巴
…大膳の姪。美しい女性。
 若い頃、越智竜平と駆け落ちに失敗。
刑部ふぶき
…巴の双子の姉。
 精神疾患のため軟禁状態にある。
刑部真帆
…巴の娘。美少女。
刑部片帆
…巴の娘。真帆とは双子。
 絞殺死体で見つかる。
刑部守衛
…巴の夫。刑部神社の宮司。
 龍平から寄進された神社の新たな
 御神体・黄金の矢で胸を貫かれる。
刑部辰馬
…刑部村村長。大膳の妻の甥にあたる。
越智吉太郎
…竜平と同い年の従兄弟。
 大膳の腹心の部下。
三津木五郎
…刑部島への観光客。ヒッピー風青年。
 実の父親を探している。
荒木定吉
…刑部島への観光客。青年。
 昆虫採集に興じる。

…神楽太夫の一座の兄弟。
浅井はる
…S市に住む市子。
 磯川警部に手紙で相談。
 何者かに殺害される。
青木修三
…竜平の指示で刑部島に渡っていたが
 消息を絶つ。
 海上で発見、その後、死亡。
松本克子
…竜平の秘書。
 刑部島での仕事を任される。
越智多年子…竜平の叔母。
とめ…旅館錨屋の女中。
広瀬警部補…S署捜査主任。
原田刑事…S署巡査。
磯川警部…広島県警警部。
金田一耕助…私立探偵。

〔事件の概要〕
⑴過去の行方不明事件
・神楽太夫失踪
・薬行商人失踪
・人形遣い失踪(詳細記されず)
⑵青木修三行方不明事件
・青木、刑部島にて失踪。
・フェリー、青木を救助。
 その後、死亡。遺言録音。
⑶浅井はる殺害事件
・はる、磯川に手紙を書く。
・はる、殺害される。
⑷刑部島連続殺人事件
・刑部守衛、殺害される。
・刑部片帆の死体発見。
⑸紅蓮洞での最後の事件
・金田一、紅蓮洞に連れ込まれ、
 島の過去の因縁を目撃。
・事件の真相が解明される。

小説版は文庫本上下巻で
計700頁に及ぶ大長編です。
まともに映像化したら
数時間に及ぶでしょう。
それを2時間程度の尺に
収めたのですから、当然、
大幅なスリム化が図られるとともに、
映画は小説版と筋書きや設定が
大きく異なる結果となっています。
小説との相違点、それがそのまま
本書シナリオ版の
味わいどころといっていいでしょう。

本作品の味わいどころ①
強調される心理サスペンス的な色彩

まずはじめに気づくのは、
おどろおどろしい雰囲気が
かなり緩和されていることです。
小説版のこれ見よがしな
おどろおどろしい設定の多くは
バッサリとカットされています。
映像として新しい試みを
提示しようという
制作者側の意図なのでしょう。
その分、心理サスペンス的な色彩が
強調されています。

竜平から寄進された
黄金の矢をめぐる関係者の思惑、
島内の力関係の逆転に
嫌悪を抱く島民たちの心情、
古い伝統に固執する側と打算に動く側に
微妙に分かれる刑部家それぞれの内面、
竜平と引き裂かれた巴御寮人の
精神の崩壊など、
映画版は別の角度から
切り込んでいるように感じられます。
最終場面の紅蓮洞での一連の描写など、
シナリオからだけでも
(映像を見なくとも)
その緊張感が伝わってきます。
この、強調される
心理サスペンス的色彩こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

映画公開の1981年、
角川映画「犬神家の一族」から火がついた
横溝ブームは
まだ十分に続いていましたが、
当時のミステリ界はすでに
松本清張や森村誠一といった
社会派ミステリが
主流となっていたのです。
怪奇色を抑えた演出はもしかしたら、
そうした流れに
沿ったものなのかもしれません。

本作品の味わいどころ②
五郎の語りが伝える古い時代の終焉

筋書きがスリム化している以上、
登場人物それぞれの役割もまた
大幅に整理されています。
小説版の味わいの一つだった
磯川警部のサイドストーリー的要素は
全面的に割愛されています
(金田一との連携もあまり描かれない)。
複雑に入り組んでいた刑部家の系譜も
簡略化されています。
刑部島に絡む行方不明事件も
扱いは軽くなっています。
何よりも金田一の存在自体が
重みを失っているのです。

その代わりに主役に躍り出て、
重要度が格段に増しているのが
三津木五郎です。
入れ子構造となっており、
冒頭の額縁部分では
35歳の会社員となった五郎が、
十数年前の過去を回想するという
体裁になっているのです。
したがって本編部分の多くに
五郎視点が盛り込まれるとともに、
なかば語り手として
事件を俯瞰しているのです。

ヒッピーという1960年代の風俗の
代表的いでたちをしている
三津木五郎を主役に据え、
その視点から古い時代の終焉を
語っているともいえるのです。
金田一が五郎を
「洋風ヒッピー」と呼んでいるのに対し、
五郎は金田一を
「和風ヒッピー」と表現します。
物語の根底に横たわる、
古いものと新しいものとのせめぎ合いが
何と主役級の二人にも
適用されているのです。
この、映画版の主人公・五郎の
語りが伝える古い時代の終焉の様相こそ
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

1960年代にそうした時代の転換があり、
額縁部分の1980年に
古い時代の完全な終焉があったことを
暗示させる演出として、
ジョン・レノンの死亡を伝える
ニュース速報や
BGMとしてのビートルズの音楽が
あったのでしょう。

本作品の味わいどころ③
巴御寮人の妖しさが引き立つ筋書き

スリム化された登場人物ですが、
映画版だけの登場人物も
新たに生み出されています。
小説には存在しない、
刑部ふぶき(巴の双子の姉)です。
小説版では巴の祖父である
刑部天膳と大膳が双子の兄弟でしたが、
それを割愛する代わりに、
巴とふぶきを双子の姉妹とした設定は
秀逸です。
それによって巴御寮人は自らも双子、
産んだ娘たち(真帆・片帆)も双子、
最後に明かされる太郎丸次郎丸も双子、
遺伝的因縁が重層化されています。
さらにそれが巴の妖しさを際立たせる
演出につながっているのです。
それについてはぜひ
読んで確かめていただきたい、
いや、ぜひ映画を見て
確かめていただきたいと思います。
この、巴御寮人の妖しさが
引き立つ演出こそ、本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

INDEX 金田一耕助の事件簿

私は劇場でこの映画を
見逃してしまいました。
遠い過去にTV放送した際には、
たしかビートルズの音楽が
差し替えられていたはずです。
そのせいなのか、
DVDとして発売されたものの、
「犬神家」「獄門島」といった
市川崑作品とは異なり、
廃盤状態になって久しく、
再発の見込みすらありません。
まさに幻の映画となりつつあります。
ビートルズの音楽つきでの復元は
あり得ないでしょうから、
音楽差し替え版でかまいません。
なんとかNHK-BSでの放映か
Blu-rayでの発売を
期待したいと思います。

なお、このシナリオ版も絶版状態であり
中古市場で
高値で取引されているようです。
中学校3年生のとき、
買っておいてよかったと思っています。

(2025.8.16)

〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

ぜひチャンネル登録をお願いいたします!

(2025.9.25)

〔関連記事:横溝正史「悪霊島」〕

「悪霊島」

〔関連記事:金田一耕助の事件簿〕

「本陣殺人事件」
「獄門島」
「蝙蝠男」

〔角川文庫・横溝正史作品はいかが〕

おどろおどろしい世界への入り口
EnriqueによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「大暗室」
「印度林檎」
「月世界の女」

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA