
本格探偵小説と社会派推理の見事な融合
「検事霧島三郎」(高木彬光)
角川文庫 光文社文庫
婚約者・恭子の父親・竜田弁護士に
殺人の嫌疑がかかる。
妾宅で愛人が殺害され、
現場でヘロインが
発見されたのだ。
竜田弁護士は失踪、
続いて起こる第二の殺人。
恭子自身にも
怪しい人物たちが接近する。
検事・霧島は捜査を開始する…。
高木彬光といえば名探偵・神津恭介が
真っ先に思い浮かぶのですが、
法廷推理という新しい分野を開拓、
百谷泉一郎弁護士を生み出しています。
続いて誕生させたのが
検察官のシリーズキャラクター、
霧島三郎検事です(もう一人、
近松茂道検事シリーズもある)。
第一作である本作、表題はズバリ
「検事霧島三郎」、538頁の大長編です。
〔主要登場人物〕
霧島三郎
…若手の切れ者弁護士。
婚約者の父親の関係する事件を
捜査する。
北原大八
…霧島つきの検察事務官。
利根建策
…霧島の同僚検事。
春海鎮雄
…公判部部長検事。霧島の上司。
真田錬次
…刑事部部長検事。霧島の上司。
原田豊
…神戸地裁の検事。霧島を支援する。
桑原敏
…警視庁捜査一課警部。
事件を担当する。
竜田恭子
…霧島の婚約者。
父親の失踪に苦悩する。
尾形悦子
…恭子の親友。弁護士の娘。
恭子の支えとなる。
寺崎義男
…探偵事務所員。
慎作の事務所の元事務員。
慎作の捜索のため恭子に協力する。
須藤俊吉
…恭子につきまとう男。慎一郎の友人。
竜田慎作
…恭子の父親。失踪する。
殺人事件の容疑者として手配される。
本間春江
…慎作の愛人。死体で発見される。
麻薬中毒だった。
鹿内桂子
…ホステス。慎作が失踪直前に
会っていた女性。殺害される。
竜田慎一郎
…恭子の兄。殺害される。
榎本ふさ子
…慎一郎の恋人。入籍し妻となる。
田川庄介
…黒眼鏡の男。霧島を罠にかけるが、
逆に逮捕される。
安藤澄子
…霧島のかつての恋人。
小林準一
…ヘロインの売人。
友永より子
…バーのマダム。小林の愛人。
陳志徳…慎作に恩義のある中国人。
塚原正直…政治家。
〔事件の概要〕
⑴慎作の妾宅で本間春江の死体発見。
現場からはヘロインも発見される。
慎作行方不明。
⑵霧島、公判部から刑事部へ異動。
⑶寺崎、恭子に接触、支援を申し出る。
⑷霧島、鹿内桂子を内偵調査。
その後、桂子、何者かに殺害される。
⑸霧島、安藤澄子を内偵調査。
田川を恐喝の罪で逮捕。
⑹慎一郎、銃撃により死亡。
ふさ子、負傷。
⑺霧島、犯人逮捕。
本作品の味わいどころ①
探偵小説と社会派推理の見事な融合
本作品の発表は1964年。
名探偵が
謎解きの主役となる時代は終わり、
ミステリは社会派へと
移行していました。
新しい時代の潮流を読み取りながらも
古き良き本格探偵小説の味わいを残す。
それが60年代以降の
高木彬光の作風です。
本作品はまさにそうした高木作品の
旨味を凝縮したような味わいです。
ここにおどろおどろしさはありません。
猟奇性もホラー的雰囲気もありません。
現実的な殺人事件があるのです。
しかし殺人事件を単純に描いたのでは
もちろんありません。
麻薬密売の闇や暴力団どうしの抗争、
政治権力の対立などを
巧みに背景に写し出し、
事件の謎を深い闇の奥に
沈み込ませているのです。
それを検事霧島三郎が
一つ一つ解きほぐし、
最後に驚くべき真実を見つけ出します。
この、本格探偵小説と社会派推理の
融合を試みた作風こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
正当な手続きによる検事霧島の捜査
私立探偵ではなく
検事であることによって何が変わるか?
それは法の枠の中で現実的な捜査を
行うということなのです。
殺人事件が現実的なら、
その捜査も現実的なのです。
百谷シリーズは弁護士であるため、
捜査に制約がありました
(高木はその制約を
合理的に打ち破っているが)。
それに対して検察官である
霧島三郎の捜査権は
法の制約はあるものの強力です。
しかも筋書きの途中で公判部から
刑事部へと異動させることにより、
合理的に婚約者の父親が絡む事件への
関与が可能となりました
(このあたりが法廷ミステリの
第一人者・高木の真骨頂か)。
名探偵のようなトリッキーな作戦で
犯人を追い詰めるのではなく、
どこまでも正統な捜査方法で
事件解決を試みるのです。
この、検事霧島三郎の
正当な手続きによる
現実的な犯罪捜査の展開こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
多彩な登場人物による重層的な構造
現実に徹する以上、
登場人物も現実的に描かれます。
その結果、名前を与えられた登場人物は
きわめて多くなっています。
上に記したのはまさに
「主要」登場人物のみ。
名前だけをすべて拾い上げていけば、
この五倍にはなるでしょう。
冒頭部の霧島が担当した公判の
被告や弁護人、裁判長、事件関係者まで
すべて名前が与えられているのです。
それどころか
霧島の同僚職員やその家族など、
登場する人物すべてに
名前が付されているのです。
この登場人物の多彩さにより、
事件がより現実的な
立体感を得るとともに、
誰が真犯人か、簡単には
読めないようになっているのです。
しかも竜田一家をめぐる
人間関係だけではなく、
霧島の元婚約者まで事件に絡み、
作品の構造は多重的に
深化・複雑化しているのです。
昭和時代の文庫本で538頁、
現代の大きめの活字・広めの行間の
版組であれば600頁
(2014年刊行の光文社文庫では
619頁)を超えるであろう長編構造は、
まさにここに起因しています。
この、多彩な登場人物による
重層的な作品構造こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
この「検事霧島三郎」、
角川文庫版はすでに絶版、
2000年代に復刊した光文社文庫版も
もはや流通せず、
現在はそれらの古書を探すか
電子書籍を購入するか、
いずれかしか読む方法がないのですが、
一読の価値ある
魅力的なミステリの世界です。
ぜひご賞味ください。
(2025.10.3)
〔関連記事:高木彬光作品〕



〔角川文庫・検事霧島三郎シリーズ〕

【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな本はいかがですか】







