「草枕」(夏目漱石)②

漱石の小説のテーマは、すべて現代に通じている

「草枕」(夏目漱石)新潮文庫

「山路を登りながら、
 こう考えた。
 智に働けば角が立つ。
 情に棹させば流される。
 意地を通せば窮屈だ。
 とかくに人の世は住みにくい。」

有名な書き出しです。
私は本作品の
冒頭3頁がとても大好きで、
折にふれてそこだけを
読むことがあります。

「住みにくさが高じると、
 安い所へ引き越したくなる。
 どこへ越しても
 住みにくいと悟った時、
 詩が生れて、画が出来る。」

芸術至上主義としての
「余」の宣言となります。
ここが本作品の肝なのでしょう。

「人の世を作ったものは
 神でもなければ鬼でもない。
 やはり向う三軒両隣りに
 ちらちらするただの人である。
 ただの人が作った人の世が
 住みにくいからとて、
 越す国はあるまい。
 あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
 人でなしの国は人の世よりも
 なお住みにくかろう。」

ここに夏目漱石
他の明治の作家たちとは異なり、
現代でなお読み継がれている
理由があると感じるのです。

世の中が「生きにくい」と感じている。
感じているのは
語り手である「余」なのですが、
それはまさしく
作者・漱石の感じていることなのです。
人間の生きる世の中なのですから、
どの時代であっても
「生きにくさ」を感じている人間は
いるはずです。
でも、明治の時代に、
それを主題に小説を構築したのは
漱石だけだったと思うのです。

漱石の小説のテーマは、
すべて現代に
通じているものばかりです。
文体や筋書きは
時代を感じさせることがあるとしても、
それらを貫いている「主題」は、
現代において
いささかも古びてはいないのです。
だから、現代人の私たちが読んでも、
その時代の読み手と同じレベルで
私たちの胸に
響いてくるのだと思うのです。

「世に住むこと二十年にして、
 住むに甲斐ある世と知った。
 二十五年にして明暗は表裏のごとく、
 日のあたる所には
 きっと影がさすと悟った。
 三十の今日はこう思うている。」

光のあるところには必ず影がある。
清濁併せ持つ世の中であることを
悟ったからこそ、漱石はこのあと
「影」と向き合い続けたのでは
ないでしょうか。
私にはそう思えてなりません。

本作品こそ、大人となった私たちが
読むべき本だと思います。
十分に年輪を重ねた私たちこそ、
漱石と十分に語り合えると思うのです。

(2018.10.1)

【青空文庫】
「草枕」(夏目漱石)

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