「デンドロカカリヤ」(安部公房)

自分の足もとを確認してしまいました

「デンドロカカリヤ」(安部公房)
(「水中都市・デンドロカカリヤ」)

 新潮文庫

コモン君はある日、
急に地球の引力を知覚し、
気がつくと足が地面にめり込み、
植物になっていた。
しかも顔が裏返し。
その現象は
一時的に回復したものの
一年後に再発する。
そして彼は
「あなたが必要です」という
手紙を受けとる…。

変身物語といえば安部公房。
男が棒に変わる「棒」をはじめ、
短編集「R62号の発明・鉛の卵」などは
あらかた変身ものです。
本作品はその変身もの安部作品の
最初期の一編です。
主人公が植物に変化します。

植物に変わるということは
何を意味しているのか?
植物と動物の違いを考えるのは
中学校2年生の理科の範囲です。
植物は光と水、無機養分さえ
与えられれば、
自ら有機養分をつくり、
生きていくことができます。
それゆえ動く必要はありません。
動物は自らは有機養分を
つくることができないので、
動いて他を捕食することによって
有機養分を獲得するのです。
植物の生育がある意味で
受動的であるならば、
動物の生命維持は
極めて能動的といえます。

デンドロカカリヤという
珍しい植物種に変化する
コモン君が紹介されたのは、
政府保障のある植物園。
そこに生育するということは、
政府の管轄下に置かれ、
従順になるということなのです。

人間から植物への変化は、
以前取り上げた佐藤春夫の
「のんしゃらん記録」でも
描かれています。
そこでも植物体へ変化した者は、
死の危険がないかわりに、
永久に他者に管理され続けます。

主人公コモン君はおそらくcommon。
誰しもに共通しているという
ことなのでしょう。
実は私たちは、
自分でも気付かぬうちに
デンドロカカリヤに
変化しつつあるのではないか、
ふと我に返ったとき、
己の足許が国家権力の管理する土壌に
しっかりと植え付けられて
いるのではないかという、
漠然とした不安を感じてしまいます。

2016年4月、
日本の「表現の自由」の状況を
調査するため来日した
国連人権理事会の
デービッド・ケイ特別報告者が、
放送局への停波命令の
可能性に触れた
高市早苗総務相の発言によって、
日本のメディアの独立性が
脅かされているとの
認識を示しています。
その上で、放送法は政府の介入を
許しかねないとして
一部改正する必要があると述べました。

私たちはもっともっと
政府の管理政策について
敏感になるとともに、
怒りを表さなければ
ならなかったのではなかったか?
ふと、自分の足もとを
確認してしまいました。

※念のためと思い、調べたところ、
 なんとデンドロカカリヤは
 実在の植物でした。
 安部公房のことだから、
 また本当らしくでっち上げた
 植物名だろうと
 思い込んでいました。

(2019.10.30)

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