「星」(ドーデ)

「私」はどうしたか?

「星」(ドーデ/桜田佐訳)
 (「百年文庫070 野」)ポプラ社

羊番である「私」は、
何週間もの間、
人の姿を見ないで暮らしていた。
ある日、半月分の食料を
小屋まで運んできてくれたのは、
「私」が憧れていた「お嬢さん」だった。
「お嬢さん」は家路についたものの、
びしょ濡れで戻ってきた…。

「お嬢さん」は「私が生まれてから見た
一番美しい人」です。
しかし、二十歳の貧しい羊飼いである
「私」にとって、「お嬢さん」は高嶺の花。
身分が違いすぎるために
憧れても仕方のない存在なのです。
この日は、
いつも食料を運んでくる小僧が
病気になったため、お嬢さんが
ラバに乗ってやってきたのです。

「私」はどうしたか?
「お嬢さん」と楽しく談笑しただけです。

そして、家路についた「お嬢さん」は、
夕立で増水した川に溺れかかり、
びしょ濡れで小屋まで戻ってきたのです。

「私」はどうしたか?
「お嬢さん」を小屋に休ませ、
自身は外で星を眺めていただけです。

その後、「お嬢さん」は
ランプのない小屋の中で
眠ることができず、
「私」の横に座り、すり寄ってくるのです。

「私」はどうしたか?
「お嬢さん」が退屈しないように一晩中
星座の物語を語って聞かせるのです。
ただそれだけで夜が明け、
物語は終わります。

何も事件は起こりません。
そこにあるのはただただ純粋な
「私」の気持ちだけなのです。
「私の思いは
 血を沸かすほど激しかったけれど、
 悪い心は少しも起こらなかった。
 私に護られているのだと思うと
 大きな誇りがあるばかりだった。」

そうです。
本作品で読み味わうべきは、
この「私」の心情です。
特別な人間ではありません。
どこにでもいる普通の青年です。
しかしその心は限りなく純粋で、
不純物を一切含んでいないのです。

慣れない山の暗闇の中で、
「お嬢さん」には
頼る人間が「私」しかいない。
「お嬢さん」が
少しの不安も感じないように
あたたかく気遣っている「私」。
それが星座物語を語る
優しい語り口から
痛いほど伝わってきます。

貧しい羊飼いの、
なんと気高く高貴な志。
わずか数頁の短篇作品ですが、
読み終えると
何ともいえない爽やかな風が
心を吹き抜けていくような
感覚に浸ることができます。
日々の生活に疲れ、
心がささくれ立ち始めている
大人の方に薦めたい一篇です。

(2018.11.5)

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