「黄色毒矢事件」(山本周五郎)

少年探偵・春田龍介の圧倒的存在感

「黄色毒矢事件」(山本周五郎)新潮文庫

無燃料機関の
研究者・春田博士の実験中、
娘の文子が誘拐され、
機密も奪い去られる。
博士の息子で中学生の龍介は、
少年探偵として
事件の究明にあたる。
彼は偽将校の変装を見破り、
暗号を解読し、
妹の救出と機密の奪回に挑む…。
(「危し!!潜水艦の秘密」)

旗野博士の秘書・米山が
少年探偵・春田龍介を訪れ、
研究所から新兵器の機密が
盗まれた事件の解決を依頼する。
盗まれた夜、警備員二名は
黄色い毒矢で
射殺されたのだという。
米山が全てを語り終えたとき、
窓から矢が飛んできて…。
(「黄色毒矢事件」)

人情時代物で知られる山本周五郎に、
少年少女向けのジュヴナイル作品が
あったとは知りませんでした。
少年探偵春田龍介シリーズ
全7編の短篇集です。
本書の文庫化は
今年(2018年)の10月、
最新刊の文庫本ですが、
それぞれの作品の執筆年は
1930~1932年、昭和初期です。
解説にもありますが、
駆け出しの頃の山本が、
生活のためにやむなく書いた
(それも別名で!)作品なのです。

現代の物差しからすれば、
いかに少年ものとはいえ
合格点を得られる
できばえではありません。
しかし、時代の壁を取り去り、
昭和初期という年代に立ち戻ったとき、
これらの作品群は
俄然輝きを放ち始めてきます。

一つは少年探偵・春田龍介の
圧倒的存在感です。
自他共に天才と認める彼は、
大人に対しても高飛車な面が見られ、
傲慢な部分さえ感じられます。
大人に指示して警官隊を動かしたり
駆逐艦まで出動させたりするのです。
驚くことにさらには
自ら拳銃までぶっ放します。
大人からすれば噴飯ものですが、
当時の少年たちから見れば、
最大級の英雄だったことが
推察されます。

当時のみならずこの「天才型英雄」は
極めて現代的です
(昭和の時代は努力型主人公が好まれた)。
才能は努力の結果ではなく
天賦であるのが
子どもたちに受け入れられるのです。

もう一つは次々に登場する新兵器です。
長期間にわたって潜水航行可能の
「無燃料機関搭載潜水艦」
(現在の原子力潜水艦に相当する?)、
わずかの分量で大爆発を起こす
「超爆液」(原爆と同じ発想か?)、
そのほか「結晶毒針弾」から
「防弾装甲自動車」まで、
SF的要素が
ふんだんに盛り込まれています。

かといって、
現代の子どもたちに薦めるのは
やはり無理がありそうです。
そこはかと漂うレトロな雰囲気、
「非国民」「売国奴」を連発する戦時色、
かなり切迫した生命の危機でも
なぜか助かるご都合主義等々、
そうした時代のカラーも含めて、
大人の読み手が
味わうべき一冊だと考えます。

※収録作品一覧
 「危し!! 潜水艦の秘密」(1930)
 「黒襟飾組の魔手」(1930)
 「幽霊屋敷の殺人」(1930)
 「骸骨島の大冒険」(1930)
 「謎の頸飾事件」(1931)
 「黄色毒矢事件」(1932)
 「ウラルの東」(1933)

(2018.12.22)

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