約束を破るのは、犬猫に劣るものだよ。
「塩狩峠」(三浦綾子)新潮文庫

学校におばけが出るという
噂の真偽を確かめるため、
信夫と級友たちは
夜の校舎に集まる約束をする。
夕食後、
約束の時刻が近づいたとき、
外は雨の音が激しくなっていた。
この雨では誰も来ないはずと、
外出を取りやめる信夫に対し、
父・貞行は
約束の大切さを語る…。
前回取り上げたのは
「塩狩峠」冒頭20ページの
第1章「鏡」の部分です。
その後、
第2章「菊人形」第3章「母」では、
死んだと聞かされていた
信夫の母親が登場(実は離縁され、
それを貞行が匿っていた)、
それを知った祖母トセが急死、
一段落したあと母と妹が同居と、
主人公信夫の家庭環境は激変します。
そして1年後の第4章「桜の下」。
この部分も私は大好きです。
友達数人で桜の樹の下に
集まる約束をしたものの、突然の雨。
大事な用ではないから
行かなくてもいい、という信夫に対して、
貞行はやはり毅然と対応します。
「でも、こんなに
雨が降っているんだもの」
「雨が降ったら
行かなくてもいいという
約束だったのか」
「どうするか決めていなかったの」
「約束を破るのは、
犬猫に劣るものだよ。
守らなくてもいい約束なら、
初めからしないことだな」
頭ごなしではなく、
一つ一つ状況を確認し、
理路整然と理解させる。
かつ「約束を破ってはならない」
ことについては決して譲りません。
やはり貞行、
並の父親ではありません。
桜の下で信夫を待っていた友達は
たった一人。
生涯の親友となる吉川。
「『どんなことがあっても
集まるって約束したのにな』
信夫はもう、自分は約束を守って
ここにきたような気になっていた。
『雨降りだから、仕方がないよ』
と吉川がいった。
その声に俺は約束を守ったぞ
というひびきがなかった。」
この吉川少年、誠実で実直で、
器の大きな魅力あるれる好少年。
信夫は彼を尊敬し、
一生のつきあいが始まるのです。
さて、本作品の最終章で、
信夫は暴走した列車を止めるため
自らの身体を犠牲にします。
なぜそのような行為におよんだか、
それをキリスト教への帰依と
関連づけるために
信夫の少年時代を
事細やかに書き綴っています。
私はこの前半部分が大好きです。
信夫を取り巻く父・貞行、母・菊、
親友・吉川、その妹・ふじ子を
丹念に描き、
重層的に物語を積み上げているのです。
だからこそ、
最終場面での感動が大きくなるのです。
自己犠牲のテーマは
私はあまり好きではありませんが、
どこを読んでも感動できる小説です。
日本文学の一つの頂点だと思います。
(2019.1.22)


