「雨瀟瀟」(永井荷風)

瀟瀟と雨の降る一日に

「雨瀟瀟」(永井荷風)
(「百年文庫028 岸」)ポプラ社

「わたし」と付き合いのある
ヨウさんは、
実業家であるとともに
艶福家であり、
そして妾を抱えていた。
ヨウさんの用いる
彩牋堂主人という雅号を
知っているのは
「わたし」だけである。
「わたし」は、
久しぶりにヨウさんに
手紙を書く…。

随筆なのか私小説なのか、
本作品を読んだだけでは
判然としません。
多分随筆と思われます。
「わたし」とヨウさんの
かつての手紙のやりとりを軸に、
思い出を挿入しながら、
二人で古き良き時代を
しみじみと偲ぶ、というものです。

手紙を書くきっかけとなったのは、
ヨウさんの妾であった
お半という女に
出会ったことに始まります。
このお半、三味線が上手く、
ヨウさんは彼女を
薗八(哀艶な曲調で流行した
浄瑠璃の流派の一つ)の
三味線弾きにしようとしたのです。
薗八節が弾ける人間が
いなくなることを
危惧していたからです。
ところがお半はその気がなく、
練習をやめてしまっていたのでした。

さて、目立った筋書きもなく、
極めて平坦な作品なのですが、
味わうべき点は多々あります。

一つは荷風の格調高い文章。
「その年の二百十日は
 たしか涼しい月夜であった。
 つづいて二百二十日の厄日も
 亦それとは殆ど気もつかぬばかり、
 いつに変わらぬ
 残暑の西日に蜩の声のみ
 あわただしく夜になった。
 夜になってからは流石
 厄日の申訳らしく
 降り出す雨の音を
 聞きつけたものの
 然し風は芭蕉も破らず
 紫苑をも鶏頭をも

 倒しはしなかった。」
の冒頭からはじまり、
途中に漢詩やフランス詩を挟みながら
蕩々と流れるように綴られてゆきます。

一つは荷風の寂寞とした心情。
二度妻を迎えるものの破綻し、
以来ひとり暮らしを続けた
荷風の孤独と孤高と枯淡の境地が
見え隠れします。
「久雨尚やまず軽寒腹痛を催す。
 夜に入って風あり
 燈を吹くも夢ならず。
 そゞろに憶ふ。
 雨の降る夜はたゞしんゝと
 心さびしき寝屋の内、
 これ江戸の俗謡なり。」

一つは失われゆく
日本の文化に対する荷風のまなざし。
「今日の若い女には
 活字の外は何も読めない。
 草書も変体仮名も読めない。
 新聞の小説は読めるが
 仮名の草双紙は読めない。
 薗八節稽古本の板木は
 文久年間に彫ったものだ。
 稽古本の書体がわからないのは
 その人の罪ではない。」

本作品を読んだのが
二百十日のあたり、
本記事を書いたのが
二百二十日のあたりでした。
両日とも瀟瀟と雨の降る一日でした。

※2016年9月に本書を読み、
 本記事を作成しております。

(2019.2.27)

【青空文庫】
「雨瀟瀟」(永井荷風)

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