「ロバのサイン会」(吉野万理子)

実に味わい深い「ロバ目線」

「ロバのサイン会」(吉野万理子)
 (「本屋さんのアンソロジー」)光文社文庫

「これが噂に聞いていた本屋か」。
初めて開かれる
自身のサイン会の
会場となる書店に
到着した「ボク」は感慨にふける。
お気に入りのAD山田ちゃんが
大好きだという「本屋」に、
一度は行ってみたかったのだ。
「ボク」はロバ…。

なぜロバが書店でサイン会?
このロバ・通称ウサウマは、
AD山田ちゃんと
本州一周の旅をするという
TVのバラエティ番組で
一躍有名になった
タレントアニマルなのです。
好評のまま終了したため、
第二シーズン開始の番組宣伝をかねて
写真集が出版されたのです。
この設定から始まる物語は、
実に味わい深いものがありました。

本作品の読みどころ①
「吾輩は猫である」の現代版短編版

ロバには分からないと思って
話している人間の会話が、
すべてウサウマには
理解されているという
コミカルな設定は、
漱石の名作を彷彿とさせます。
そして合理的な割り切りをしながらも
純粋な心を持っている
ウサウマの思考と
人間のそれとの対比が、
読み手に新しい気付きを
もたらしています。

本作品の読みどころ②
ロバ目線で書かれた業界裏側日記

ウサウマが見る人間世界は、
業界の裏側です。
茶の間しか見ることのできなかった
漱石の猫とはその点が
大きく異なります。
TVや出版業界に
蠢く人間たちの滑稽さが、
ロバ目線で
鮮やかに切り取られています。

本作品の読みどころ③
ウサウマと山田ちゃんの純愛物語

短編でありながらも
奥深い世界を作り出しているのは、
業界裏側日記に止まらず、
ウサウマと山田ちゃんの再会に
ゴールを設定した
作者の設定の巧みさです。
山田ちゃんの入院先の病院へ、
本屋から駆けつけようとするウサウマ。
その行為を理解し、
必死になって語りかける書店員・沢村。
そしてお払い箱となって
農場へ引き取られたウサウマを、
書店員を辞して家業を継いだ沢村が
迎えに来る最後の場面は、
まさに感涙ものです。

これが長編だったら
もっと楽しめるのに!
そう思って調べたら、
本作品は本アンソロジーのために
編まれた一篇ではなく、
もともと同じ表題の
連作短編集の一つなのでした。
そちらの方には
猫、イルカ、鹿、イグアナ、インコ、
蝶、犬と、様々な動物たちが
登場するようです。
近々購入して読んでみるつもりです。

(2019.3.5)

Pixabayのractapopulousによる画像です

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