「駅伝ランナー」(佐藤いつ子)

熱くなりすぎないのが素敵です

「駅伝ランナー」(佐藤いつ子)角川文庫

運動神経抜群の妹と
元陸上選手の父を持つ
12歳の走哉は、
毎朝ランニングの練習をする。
嫌々ながらの練習だったが、
次第に彼は
走ることが好きになる。
地区の駅伝大会に
出場したかった彼は、
ヒロシたちのチームに
声をかけるが…。

私の世代はスポ根、
いわゆるスポーツ根性ドラマ&アニメが
全盛期でした。
いつも思っていました。
熱すぎると。
運動の苦手な人間が
なかなか入っていけない
世界だったのです。
ところがどうでしょう。
近年のスポーツものは
さほど熱くありません。
熱くなりすぎないのが素敵なのです。

本作品も熱くなりすぎません。
父親の熱血指導に
息子が歯を食いしばって
応えるような場面はありません。
期待はするものの、
過度なプレッシャーを
かけたりはしないのです。
走哉の気持ちが大きく変化するような
劇的な転換点が
あるわけでもありません。
走哉は自然と走ることが
好きになっていくのです。
自分の限界を突破し、
大逆転勝利を掴むような
感動的展開ではありません。
静かな、
しかし着実な成長があるのです。

本編は「リレー」「駅伝大会」「部活」の
3つの部分に分かれています。

「リレー」では、
運動会のリレーメンバーに
選ばれたいという走哉の願いは
叶いませんでした。
しかし、走哉は
卑屈な気持ちを持つどころか、
同級生・ヒロシの
走りの美しさに感動し、
前向きな気持ちのまま
幕を閉じるのです。

「駅伝大会」では、
走哉は補欠として
ヒロシのチームに加入します。
補欠であることに
自尊心を傷つけられながらも、
走るチャンスを掴むのです。
優勝には手が届きませんでしたが、
走哉は駅伝に
確かな手応えを感じるのです。

「部活」では、
走哉は陸上部のある中学校へ
越境入学します。
期待に反して陸上部は顧問が替わり、
やる気のない部活動に。
くじけそうになりながらも、
同級生・陸の力を借りて、
一歩一歩進んでいきます。

この最後の「部活」でも、
廃部の危機にある陸上部に、
一人一人部員を集めるだとか、
際物選手が入部して
一波乱巻き起こすだとかといった
展開にはなりません。
マネージャーが一人加入しただけで、
淡々と物語は進行していきます。

こうした熱くない
現実的なスポーツ小説が大好きです。
運動の才能もなく
興味もなかった私ですが、
この世界なら
自分もスポーツに親しむことが
できたかもしれない。
そう思えてくるのです。
中学校1年生に薦めたい一冊です。

※中学校1年生の途中で
 物語が終わります。
 中途半端な区切りで終わるのが
 残念…と思いましたが、
 調べてみると「2」「3」と
 物語は続いていたのでした。
 そのうち読んでみたいと思います。

※もう1篇、
 「小鳥の憧憬」が収められています。
 こちらは走哉の親友・陸の目線から
 「駅伝大会」が描かれていて、
 物語に深みを与えています。

(2019.3.27)

PexelsによるPixabayからの画像

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