「肉体の悪魔」(ラディゲ)①

主人公「僕」の性格設定は、作者ラディゲそのもの

「肉体の悪魔」(ラディゲ/中条省平訳)
  光文社古典新訳文庫

15歳の「僕」が出会った
19歳の美しい女性・マルトには
すでに婚約者がいた。
マルト結婚後、
二人は急速に接近し、
夫がいることも
歳の差があることも忘れ、
愛し合うようになっていく。
やがて二人の関係は
周囲のスキャンダルとなり…。

現代では珍しくもなくなった
不倫物語です。
しかし、
作者の描出する「僕」の心理は、
鋭い棘となって私の心に
ささくれをつくっていきました。

誰しもが初読で驚くのは、
主人公の若さでしょう。
私も驚きました。
でもそれは、
年齢ではなく精神の若さです。
若いというよりも
幼いといった方がいいでしょうか。
後先を考えない、
自分の感情のみが先走る、
精神的にも経済的にも
自立しようとしない。
人としての何かが
欠けているとしか思えません。
心の赴くままに突き動く「僕」の行動は、
一貫性の無さという点においては、
同じフランス文学の
カミュ「異邦人」のムルソーにも
似ています。

しかし、再読して驚いたのは
「僕」の狡猾さです。
マルトに対して一途な愛情ではなく、
ゲームを楽しむかのような
駆け引きが見られます。
あくまで彼女に対して優位に立ち、
彼女を翻弄するのです。
それは自分の父親に対しても同様です。
決して声高に反抗したりはしません。
表面上はあくまでも従順、
しかし父親の心の揺れ動きを
的確に読み取り、
上手にあしらっていくのです。

若いにもかかわらず老成、
強烈に発揮される「僕」の個性は、
15歳の主人公としては、
村上春樹「海辺のカフカ」の
カフカ少年を凌駕しています。

こうした主人公「僕」の性格設定は、
作者ラディゲ
そのものだったのでしょう。
14歳のときの経験を中心に、
自伝的要素が
いくつも含まれているのですから。

「僕はさまざまな非難を
 受けることになるだろう。
 でも、どうすればいい?
 戦争の始まる何か月か前に
 十二歳だったことが、
 僕の落ち度だとでも
 いうのだろうか?」

このような鮮烈な書き出しの、
ナイフのように鋭敏な感覚の小説に、
40歳を過ぎてから出会えたことに
安堵しています。
未成年の頃に読んでいたなら、
間違いなく虜になっていたでしょう。

「肉体の悪魔」という
いささかエロティックなタイトルが
流通してしまったため、
風俗小説と勘違いされる
傾向があるのが残念ですが、
本作品はそうした要素をほぼ捨象し、
心理面のみを抽出した傑作です。
現代日本の15歳の中学校3年生、
そして16歳の高校1年生が読んで
どう感じるか、
興味のあるところです。

(2019.4.2)

Free-PhotosによるPixabayからの画像

2件のコメント

  1. ラディゲのこの作は確か20代前半の頃に読んだことは
    ありますが、もうすっかりストーリーも忘れていました
    心理的小説で大きなクライマックスの展開の期待できない作品でしたね
    ラディゲという作家の名を知ったのは堀辰雄の作品からだったと思われます
    あの頃は堀辰雄に夢中でしたからね…
    それはともかく現在の若い人たちがこの作家の作品を
    果たして読むでしょうか
    大人も子供もスマホなどに夢中になっている時代ですから
    ちょっと考えられないですね
    ほんとに本好きなら昔のように書き移してでも読む筈ですが…
    電子ブックのようなものでなく、各ページの印刷インクの匂いを嗅ぎながら読んだあの頃が懐かしい気がします…

    1. yahanさん、こんばんは。
      コメントありがとうございます。
      今の時代、確かに若い人たちが
      この作品に向かうことは難しいと思います。
      ある程度の読書経験がなければ
      文学的価値を感じることができないからです。
      こうした作品を正しく味わうためにも
      読書の方法、作品の味わい方を
      体系的に子供たちに
      伝える必要があるのではないかと
      思うのです。
      ここに至る道筋を何とか示したいものだと
      常日頃考えております。
      よろしくお願いします。

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