「壁をぬける男」(エーメ)

彼がその能力をどのように使ったか

「壁をぬける男」(エーメ/山崎庸一郞訳)
 (「集英社ギャラリー世界の文学8」)集英社

43歳のしがない官吏の
デュティユールは、ある日
自分に壁をすり抜ける能力が
あることを発見する。
医者に相談すると
薬を処方してくれたが、
彼は1服飲んだきり忘れ去る。
1年後、新任上司の対応に
業を煮やした彼は、
壁から…。

壁を自由にすり抜けられる
男のしたことは…、
壁から顔だけを出して上司を脅かし、
精神不安定にして復讐したのでした。
ユーモラスな作品なのですが、
結末は悲劇的です。
その後、彼がその能力を
どのように使ったか見てみます。

壁抜け能力の使い道①
銀行・宝石店荒らし

すぐ考えつく使い道です。
しかし彼は金目のものが
欲しかったのではありません。
その能力を誰かに
認めてもらいたかったのです。
だから同僚に罪を告白しますが、
誰も本気にしないとみると、
わざと捕まり、
犯行は自分が行ったことを
知らしめるのです。

壁抜け能力の使い道②
刑務所からの脱獄

抜け出すのが最も難しいところは
もちろん刑務所です。
投獄された彼は、
好きなときに自由に脱獄することで、
その能力を満喫します。

壁抜け能力の使い道③
エジプトのピラミッドの透過

行き着くところは
世界で最も分厚い壁のピラミッド。
彼の欲望は止まることを知りません。
しかしこの計画は
あっけなく頓挫します。
次の目的が見つかったのです。

さて、ここまで見たとき、
彼の願いは単なる自己顕示欲から
発していることに気付かされます。
極めて器の小さな欲望としか
いいようがありません。
これは、彼の年齢から来ているものと
推察できます。
下級官吏、そして独身のまま
40代という人生の終末期
(1942年当時では)を迎えたのです。
出世はおろか、
冒険もせず道を外すこともせず
生きてきたのです。
だから自分の能力を知ったときには
それを治療することを望み、
そしてそれを使おうとしたときには、
ただそれだけを誇示することしか
できなかったのでしょう。
しかしそんな彼も
ようやく人並みの恋をします。

壁抜けの能力の使い道④
逢い引き

嫉妬深い夫に留守中監禁されている
美女のもとへ
彼は壁を抜けて逢瀬を楽しみます。
しかしそこに悲劇が…。
何となく想像がつくのですが、
読んで確かめてみてください。

本作品を原作として、
劇団四季のミュージカルが
つくられていますが、
そちらはラブロマンスです。
本作品の本質は、
それとは異なり明らかに哀しみです。

(2019.4.25)

Marisa04によるPixabayからの画像

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA