「カラマーゾフの兄弟」(ドストエフスキー)④

第4部は息詰まる心理サスペンス

「カラマーゾフの兄弟1~5」
 (ドストエフスキー/亀山郁夫訳)
  光文社古典新訳文庫

父フョードル殺害の犯人として
長兄・ドミートリーが逮捕される。
次兄・イワンは兄の無罪を確信し、
真犯人と考えられる
使用人・スメルジャコフを
問い詰める。
しかし会談をくりかえすうち、
イワンは次第に
精神を病んでいく…。

前回は長兄・ドミートリーの
人物像に触れました。
今回は次兄・イワンについてです。
彼は実はスメルジャコフと
切り離して考えるわけにはいきません。
二人は「本体」と「影」の関係と
見ることができるからです。

そのスメルジャコフもまた
フョードルの子である
可能性があります
(作者は明言していない)。
つまり、イワンと
異母兄弟かもしれないのです。

イワンは冷徹な現実主義者であり、
無神論者でもあります。
「神がいないのであれば
何をしても許される」という
思想の持ち主です。
スメルジャコフは
イワンのその思想に共鳴し、
彼を崇拝していきます。
ところがスメルジャコフは
冷淡なサディストであり、
卑劣な人間です。
読み進めるとわかりますが、
フョードル殺しの真犯人は
イワンの推察通り彼なのです。
では、「真相」を突き詰めたはずの
イワンの精神はなぜ崩壊していくのか?
そこが第4部の
読みどころになっています。

スメルジャコフが
フョードルを殺害したのは
イワンが意識化に押し込んでいた
「父親憎し」の感情を読み取り、
それを具現化したものと考えられます。
フョードルとドミートリーが
決定的に衝突しないのは、
家にイワンがいたからなのです。
彼が父親の要望を聞き入れ、
チェルマシニャー行きを決めたことを、
スメルジャコフは
「殺害の承認」と受け取ったのです。

スメルジャコフを問い詰めて得られた
「真相」は、彼を苦しめます。
実行犯は確かに
スメルジャコフであるものの、
それを教唆したのは
「自分」ということになるからです。
その状況は当時も現代も、
イワンの殺人教唆には
決して該当しないでしょう。
しかし法律上の問題ではないのです。
「父親を殺したのは自分である」という
「罪の意識」に、
彼は押しつぶされていくのです。

イワンとスメルジャコフに
注目したとき、第4部は
息詰まる心理サスペンスとして
読み手に興奮を味わわせてくれます。
と同時に、神は存在するのかという
極めて大きく根源的な問いを
私たちに投げかけてきます。
読み終えたとき、「カラマーゾフ」は
こんなに面白い作品だったのかと
唸らずにはいられないはずです。

(2019.5.8)

jacqueline macouによるPixabayからの画像

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