「すみれの君」(ポルガー)

貴族には果たすべき義務があるのです。

「すみれの君」(ポルガー/池内紀訳)
(「百年文庫042 夢」)

女友達には高価な贈り物をし、
男友達とは賭け事を繰り返し、
湯水のようにお金を使う
ルドルフ伯爵。
借金を重ねた彼は大戦後、
困窮した日々を送る。
そこへかつてのオペレッタの
花形・ベッティーナが現れ、
彼に結婚を申し込む…。

ルドルフ伯爵は正常な金銭感覚を
持ち合わせていないのでしょうが、
それだけではなさそうです。
彼は骨の髄まで「貴族」なのです。
窮状に陥ってもそれは変わりません。
食事が貧しくても
給仕にはチップをはずむ。
送る先の相手の女性から
金をせびってまでして
贈り物をしようとする。
「貴族」としての在り方を全うすることが
彼にとっては大切なことであり、
そのための手段には無頓着なのです。
遊び呆けて身代を潰した金持ちとは
質的に異なります。

そんな落ちぶれた彼に、
ベッティーナは
なぜ結婚を申し込んだのか?
彼女は身籠もっていたのですが、
夫になるべき男性は事故ですでに死亡。
子どもを私生児にできず、
彼と結婚したらすぐ離婚する、
手続きや諸経費はすべて自分が持つ、
という事情だったのです。

単なる名義貸しに過ぎないのですが、
それでもルドルフは
紳士であり続けようとします。
「指輪も持たず、
 どのつら下げて花嫁の前に
 出られようか」

でも、彼はどうやって
指輪を工面するのか?
読んで確かめてください。

さて、「貴族」とは何か?
辞書で調べると、
「ヨーロッパ史の諸段階に現れ
各国の社会の支配階級を構成し、
血統・支配権力・資産および
戦争の功績などに基づいて
形づくられた最高級の社会階層」と
ありました。
驕り高ぶるだけの人間も
いたのでしょうが、
「最高級」であることを自認し、
自らの内なる部分から己を磨くような、
真の意味での高貴な貴族も
数多く存在していたのでしょう。
ルドルフもそうした一人だと
思われます。金銭感覚は別として。

「貴族」であろうとしてとった
彼の行動は、
「滑稽」と捉えられるかも知れません。
しかし彼は大真面目であり、
純粋なのです。
彼の最後の言葉が印象的です。
「貴族には
 果たすべき義務があるのです。
 たとえこの悲しむべき共和国には
 見捨てられた種族だとしても…」

オーストリアの作家・ポルダーによって
書かれた本作品は、
時代に取り残された
一人の貴族の末路を、
哀しみ・おかしみとともに
慈しみの視線をもって、
余すところなく描いています。
知られざる作家の知られざる逸品、
いかがですか。

(2019.6.12)

NicholasDeloitteMediaによるPixabayからの画像

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