ヴァージニアは幽霊に語りかけます。
「カンタヴィルの幽霊」
(ワイルド/小野協一訳)
(「百年文庫084 幽」)ポプラ社
前回は本作品について、
「さぞかし恐怖に満ちているのかと思い
読んでみると…
いきなり笑いに包まれます」と
紹介しました。
実はこれ、作品の前半部分です。
後半にさしかかると、趣が変わります。
公使一家に
身も心も打ちのめされた幽霊は、
屋敷の中の秘密の一室
(実はそこが幽霊の居室)に
閉じこもってしまいます。
それを公使の娘のヴァージニアが
見つけてしまいます。
彼女は幽霊に語りかけます。
「あなたさえお行儀よくしていれば、
誰もあなたを悩ませはしないわ」
「わしに行儀よくしろとはまた
ふざけたことを」
「あなたはとても
悪い人だったんでしょう?」
「うむ、それは認める」
「誰だろうと人を殺すのは
よくないことです」
幽霊に対して、
彼女は冷静に理詰めで話しかけます。
さらに、
「あなたはアメリカに移住して、
自分の精神を啓発するのがいちばんよ。
うちの父に頼めば、
よろこんで船賃は
ただにしてくれるわ。」と、
根性を叩き直そうとします。
幽霊はすっかり懐柔され、
成仏するための手伝いをしてくれるよう
彼女に懇願するのです。
「死の庭」の入口まで
幽霊を導いたヴァージニア。
幽霊、つまりサー・サイモンの魂は
無事成仏します。
後半はなんと人情物語だったとは!
しかしそれだけで終わりません。
後日譚として幽霊の葬儀、
幽霊の遺品の処理、
さらにはヴァージニアの
幸せな結婚までが語られ、
ハッピーエンドで終わるのです。
さて、幽霊はお礼として
彼女に二つのものを贈っています。
一つは彼が所有していた
宝石の入った小箱。
十六世紀の第一級の逸品ばかりでした。
もうひとつは精神的なものです。
彼女と婚約者との会話に
それが現れています。
「わたしあの方には
ずいぶんご恩を受けているの。
あの方はわたしに〈生〉とは何か、
〈死〉とは何か、そしてなぜ
〈愛〉がそのどちらよりも強いか、
をわからせてくださったんです」。
前半のお笑い部分ではほとんど
出番のなかったヴァージニアですが、
後半は主役として
幽霊以上の存在感を発揮しています。
前半・後半とで
ちぐはぐな印象を受けるのですが、
もしかしたら前半部は
後半部の単なる序奏に
すぎないのかも知れません。
いろいろな読み方ができる作品です。
高校生にお薦めしておきましょう。
(2019.6.18)