「ラント夫人」(ウォルポール)

ラントは果たして妻を殺したのか?

「ラント夫人」
(ウォルポール/平井呈一訳)
(「百年文庫084 幽」)ポプラ社

ラントという小説家からの
招きを受け、
海辺の屋敷へ出向いた「わたし」。
通された部屋に
一人の老婆がたたずんでいたが、
次の瞬間には不思議なことに
姿が見えなくなった。
そのことをラントに話すと、
家には女性はいないという…。

片田舎の海辺に建てられた古い屋敷。
凍てつく寒さの12月の夜。
主人の素性はよくわからない。
もう、幽霊が出そうな雰囲気満載。
で、その中で
しっかり幽霊が登場するのです。
もちろん老婆が幽霊です。

この幽霊を、「わたし」が目撃したほかに、
男性の老給仕と
ラント自身も見ているのですから、
早い段階で幽霊の存在は
確かなものになります。

幽霊はいるかいないか
わからないあたりで
最も恐怖を感じるのです。
H.ジェイムズの「ねじの回転」などは、
主人公には見えているのに、
ほかの誰も「見ていない」と言う。
主人公の精神錯乱の可能性も
考えられる状況だからこその、
迫り来る恐怖感があります。

一方、
初めから「いる」ことが確かになると、
コントになりかねません。
先日取り上げたワイルドの
「カンタヴィルの幽霊」などは
その王道でしょう。

そう考えたとき、
本作品のスタンスは、
いかにも中途半端です。
本作品の読みどころは
別のところにあります。
それは「ラントが妻を殺したか否か」です。

妻は高慢で料簡の狭い女であり、
自分の救いにはならなかった。
それがちょうど一年前に
心臓疾患が原因で死亡した。
ラントの最初の言い分です。

「ぼくは何もしなかったんだぜ。
悪いのはあの女なんだ。」
恐怖に駆られ、口走ります。

「おれがもし
あの女を殺したのだとしたら、
あいつは殺されても
しかたのない女だったんだ。」
追い詰められての台詞です。
ついには怖れていたものが姿を現し…、
ラントは事切れます。

証拠は一切登場せず、
犯罪の可能性をうかがわせる
ラントの独白だけが示されるのです。
幽霊は存在したのかどうか、ではなく、
ラントは果たして
妻を殺したのかどうか?
それが本作品の焦点です。
読み手の疑惑を存分に深めておいて、
物語は一気に幕を下ろします。

作者ウォルポールは
異常心理をベースにした
怪奇・ミステリーものを
得意としていたそうです。
彼の作品は、残念ながら
文庫本はおろか単行本でさえ、
現在は入手が難しいようです。

※本作品は入れ子構造になっています。
 冒頭と結末に
 「わたし」と誠実な作家ランシマンの
 やり取りが配置され、
 本文はそのランシマンが
 語り手となっています。

(2019.6.20)

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