「クレスペル顧問官」(ホフマン)

ホラー色を醸し出しているのはクレスペルの奇人ぶり

「クレスペル顧問官」
(ホフマン/池内紀訳)
(「百年文庫013 響」)ポプラ社

二年ぶりに故郷H市に
舞い戻った「わたし」は、
葬送の列に出くわす。
それは「わたし」が
心を寄せた女性・アントーニエの
葬儀であった。
「わたし」は彼女の養父である
奇人・クレスペル顧問官に詰め寄り、
彼女の死の真相を語るよう迫る…。

前回取り上げた「砂男」同様、
ホラー・サスペンスの趣のある
ホフマンの一作です。
「わたし」は懇意となった
クレスペル顧問官の家に住む
美しい女性・アントーニエに
心を奪われます。
アントーニエは
あらゆるプリマ・ドンナすら
かなわないような絶世の歌声だという
市民の噂です。
「わたし」はぜひその歌声を
聞きたいと思うのですが、
音楽の話題になるとなぜかクレスペルは
激怒するのです。
彼の怒りを買ったがために
「わたし」はH市を離れ、
職を持つに至ったのです。

作品にホラー色を醸し出しているのは
クレスペルの奇人ぶりです。
冒頭部分にはクレスペルが
学識・経験ともに豊富な
実力のある法律家であることが
書かれてあります。
かつ極めて特異な美的センスに恵まれ、
直感的に創造力を発揮できる
才人でもあるのです。
それでいながら感情の起伏は
常軌を逸したものがあるのです。

アントーニエの訃報に接し、
「わたし」は疑問を覚えます。
彼女を殺したのは
クレスペルではないかと。
クレスペルとアントーニエの
関係は不明。
独身だったクレスペルは
いつのころからか
アントーニエを住まわせている。
クレスペルは周囲の人間が
アントーニエに近づくことを
頑なに拒んでいる。だから…と。

真相についてはこのあと
クレスペルの述懐の中で
語られることになります。
ぜひ読んで確かめてください。
やはり本作品は
ホラーの衣を纏っているのですが、
れっきとした純文学です。

ここでの味わいどころきは、
アントーニエが
ヴァイオリンの化身のように
描かれていることでしょう。
生まれつき胸部に疾患があり、
それ故の美声であること、
アントーニエが歌っている夢から
覚めたクレスペルが部屋をのぞくと、
彼女が事切れていたこと、
そのとき思い出のヴァイオリンもまた
静かにその役割を終えたことなど、
うっとりするほど幻想的です。

作家としてだけではなく、
詩人、画家、音楽家と、
芸術的才能に恵まれた
ホフマンでなければ
編み上げることのできなかった作品と
考えられます。
味わい深い一作、いかがでしょうか。

(2019.7.2)

pixel2013によるPixabayからの画像

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA