「社会人の生き方」(暉峻淑子)②

民主主義社会の持つ弾力性を信じて

「社会人の生き方」
(暉峻淑子)岩波文庫

前回取り上げた
暉峻淑子著「社会人の生き方」。
示唆に富む指摘がいくつもあり、
密度の濃い一冊でした。

「社会は、歴史が積み重ねてきた、
 国境を越える
 知恵と経験の宝庫である。
 そこから何かを得、またそこに
 何かを付け加えることなくして、
 何の生きる意味が
 あるというのだろう。」
(まえがき)
社会の一員として生き、
社会と関わっていくことは、まさに
生きることそのものなのでしょう。

「人との生活は煩わしく
 傷つけられることがあったとしても、
 それが人間関係を作る
 きっかけになることもある。
 人との生活には
 思いがけないことや
 不合理なことが多々起こるが、
 その割り切れなさが
 人間の生活そのものなのだ。」
(第2章)
その通りだと思います。
だからこそ
生きることに価値が生まれるのです。

「自分の人生の時間は有限である。
 その価値を大切にすることに、
 日本人はなぜこうも
 権利意識を持たないのか、
 なぜ戦わないのか、と思うことがある。
 質の高い労働と
 長時間労働とは両立しない。」
(第3章)
人生の時間が有限であることに、
私も最近ようやく自覚し始めました。
教員という
月100時間無給残業の仕事についていて、
これでいいのだろうかと
思うことばかりです。

「バブルの時代に
 『お金があっても心が豊かではない』
 と道徳を強調していた人びとは、
 お金が乏しくなってきたとたんに
 社会のあり方を改善しようとせず、
 もっと貧しい心で利益だけを
 追うようになってきた。」
(第4章)
鋭い指摘だと思います。
あの飽食の時代の反省は
どこへ行ってしまったのかと
考えさせられました。

「日本の教師の多くは
 学校という閉鎖社会に閉じ込められ、
 会議や書類書きに忙殺され、
 画一的な規則でしばられて
 疲れ切っており、
 個性の発揮や創造性の発揮が
 できなくなっている。
 教師にまず社会性が
 許されていないのである。」
(第5章)
この傾向は年々強くなってきています。
最近では「多様性を認め
個性を育てる教育」のために、
全職員が同じ方法で
授業をすることを要求されています。
いつも矛盾を感じています。

「私たちは社会に対して
 絶望を感じることもあるが、
 民主主義社会の持つ弾力性は、
 個人の働きかけによって
 理不尽なことを社会的な公正に
 変える力を持っている。」
(おわりに)
民主主義社会の持つ弾力性を信じて、
私たちの住む社会を
一人一人の力で
よりよいものにしていきたい、
そう願っています。

(2019.7.15)

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