三浦しをんの極上のエンターテインメント文学
「あの家に暮らす四人の女」
(三浦しをん)中公文庫
前回取り上げた本作品は、2015年の
谷崎潤一郎没後50年を記念して、
中央公論社が現代作家に依頼した
オマージュ作品の一つです。
一言で言えば現代版「細雪」なのです。
登場人物からして
「細雪」の四姉妹を模しています。
鶴代は長女・鶴子、
佐知は次女・幸子、
雪乃は三女・雪子、
多恵美は四女・妙子のアレンジでしょう。
鶴代、佐知は共通点が薄いのですが、
人の印象に残りにくい雪乃の特徴は
雪子の無口で控え目な人柄と、
多恵美と元彼のトラブルは
妙子の奔放な性格と
通じるものがあります。
折々の四季を通じた行楽の描写も
「細雪」を意識してのものでしょう。
雪乃の水難事件は
芦屋の大洪水を彷彿とさせます。
そうした表面的な共通点はさておいて、
本質的な部分では
両作品は大きく異なっています。
「細雪」は
「縁談小説」と言っていいほど
「どのように結婚するか」が
作品の主題となっています。
かつての名家・蒔岡の家に
ふさわしい結婚を
雪子にさせようと奔走する一方で、
末娘・妙子は
スキャンダルを巻き起こす。
当時の「結婚観」を揺さぶった
作品だったのだと思います。
それに対して本作品は
「どのように結婚しないで
生きていくか」が
隠れたテーマのように思えます。
前回も書きましたが、
血縁や婚姻ではない
「新しい関係」を描出しています。
「細雪」の3人の姉たちは
当時の女性の当然の姿として
職業に就いていません。
妙子だけが自ら手に職を付けて
自立しようとします。
これからの時代の
「女性の自立」を示唆していました。
本作品では財産持ちの鶴子以外は
「経済的な自立」を果たしています。
それでいて
「経済的な部分以外の共生」関係を
築いて生活しているのです。
「細雪」では観桜・月見・蛍狩などの
日本の滅びゆく伝統的風習を
記録として留めようとしている
一面が見られます。
本作品は「霊魂」や「河童」など
すでにこの国から忘れ去られたものを
再登場させています。
こうしてみると、
本質的な部分では相違が見られます。
しかし、両作品とも
それぞれの時代を先取りした先進的な
「結婚観」「女性像・職業観」
「伝統的日本美」を可視化して
提示しているといえるのです。
「細雪」のオマージュ作品でありながら、
「細雪」の存在に頼らずに
極上のエンターテインメント文学として
成立している三浦しをんの傑作です。
40代以降の大人にお薦めでしょうか。
(2019.7.31)