「女の一生」(モーパッサン)

人の一生はいい悪いで判別できるようなものではない

「女の一生」
(モーパッサン/新庄嘉章訳)新潮文庫

修道院で教育を受けたジャンヌは、
幸福と希望に胸を躍らせて
結婚生活に入る。
しかし結婚後、夫・ジュリアンは
ジャンヌに対する愛情を失い、
金に執着するようになる。
そしてジャンヌの乳姉妹の
ロザリとも関係を
持つようになり…。

暗澹たる人生です。
ジャンヌの夫となったジュリアンは、
結婚当初から同じ屋根の下に住む
女中・ロザリと関係を持ち、
妊娠させます。
ジャンヌが出産しても
子どもはうるさいだけと邪魔者扱い。
友人のフルヴィル伯爵夫人とも
不倫を重ね、
ついには非業の死を遂げます。
それで終わりではなく、
甘やかした息子・ポールは
二十歳で行方をくらまし、
多額の借金を背負い、
その後始末に年老いたジャンヌは
奔走することになります。
夫にも息子にも裏切られ続けた
孤独な人生です。

ただし、作者モーパッサンは、
そうした女性の弱い立場を
問題提起しようとしたのでは
なさそうです。
ジャンヌの漏らした弱音に対して、
登場人物の口から
それを諫める台詞を言わせている箇所が
いくつかあるのです。

ジュリアンの不実が
明らかになったとき、
居合わせた神父は次のように
父親を諭しています。
「皆おなじようなことを
 やっているのでございますよ。
 だからといって、
 奥さまがそのために、
 おしあわせが少なくなるとか、
 かわいがられかたが
 足りぬとかいったことは
 ございませんでしたでしょう」

 (P.209)
つまり、男なら誰しも
似たようなことをやっているのだから、
ここは我慢が肝要と言っているのです。

この世では運がなかったと嘆く
ジャンヌに対し、
ロザリには次の台詞を言わせています。
「では、パンのために
 働かなくちゃならないとなったら、
 なんとおっしゃるでしょう?
 日雇い仕事に行くために、
 毎朝六時に起きなくちゃ
 ならないとなったらね!
 ところで、
 そうしなくちゃならない人間は
 世の中にたくさんいるんですよ。」

 (P.428)
所詮貴族の悩みではないかと
言っているようなものです。

このロザリは
ジュリアンの子を出産した後、
神父の計らいで
結婚相手を見つけてもらい、
20数年間子どもを育てながら
生きてきました。
彼女の子どもは立派に成長し、
母親を助けているのです。
決して幸福では
なかったかも知れませんが、
不幸だったようすもまた
感じられません。

物語はやはりこのロザリの台詞で
幕を閉じます。
「世の中って、ねえ、人が思うほど
 いいものでも悪いものでも
 ありませんね。」
(P.445)

ジャンヌの一生だけでなく
私たちの一生もまた
いい悪いで判別できるようなものでなく、
そのときどきの自身の受け止め方で
変わってくるものかも知れません。

(2019.9.22)

Enrique MeseguerによるPixabayからの画像

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