「悲恋」(モーパッサン)

重い十字架を背負うように生きてきた老画家

「悲恋」(モーパッサン/青柳瑞穂訳)
(「百年文庫040 瞳」)ポプラ社

放浪修行をしていた
画家の「わたし」は、
ある田舎の宿屋で
年増の英国夫人
ミス・ハリエットと出会う。
彼女は
新教の布教活動を行っているが、
ひどく無口で愛想も悪い。
しかし「わたし」は
なぜか彼女のことが気になる…。

表題どおりの「悲恋」です。
悲しい恋、といっても
若い男女が引き裂かれる、という
ありきたりのものではありません。
25歳の「わたし」と
50前後のミス・ハイアットの物語です。

若い男と年増の女の恋、といっても
ミス・ハイアットは
妖艶な年増女ではありません。
「非常にやせている、非常に背の高い女」
「ミイラのような顔」と、
散々な書かれようです。
この恋は彼女が「わたし」に寄せた
一方的な「恋」なのです。

彼女は新教に心酔していて、
それまでの人生を
神に捧げてきたのです。
そして彼女は
自分の信ずる神の宿る自然を
こよなく愛してきたのです。
自分が愛する自然を、
最も美しい形で
カンヴァスの上に再現する
画家の「わたし」に、
彼女は生まれて初めて
恋心を覚えたのです。

しかし、その年まで一心不乱に
神に仕える生活をしてきたためか、
彼女の心は
あまりにも純粋無垢だったのです。
「彼女は、感激的なことには
 いちずに走りやすい、
 いわば、バネ仕掛けの魂を
 もったような女でした。」
「彼女の心には、なにかしら、
 ういういしい、
 情熱的なものが残っていました。」

かたや「わたし」は
「非常な美男子で、
 恰幅はりっぱだし、
 容貌には自信があるし、
 女からはひどくもてた男」

そんな二人が出会えば、
不幸な結果にしかなるはずがありません。

ミス・ハイアットの気持ちに
気付いた「わたし」は
宿を引き払う決意をしましたが、
そのときはすでに
悲劇が起きた後でした。

最後の情景が
何とも切なくやりきれません。
と同時に、
得も言われぬ神々しさを感じさせます。
「大空も神々もご照覧あれと、
 わたしは窓をあけ放ち、
 カーテンを引きました。
 それから、冷たい死骸にこごんで、
 彼女の見る影もない顔を
 両手でかきいだくと、
 いささかの恐怖も、
 不快も感ずることなく、
 ゆっくりと、接吻を、長い接吻を、
 その一度も受けたことのなかった
 唇の上にしました。」

老画家の過去の回想の形で
綴られた本作品。
「わたし」はその痛恨のできごとを、
重い十字架のごとく
背負って生きてきたことが窺えます。

(2019.9.22)

Karolina GrabowskaによるPixabayからの画像

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA